「糸車の聖母子」レオナルド・ダ・ヴィンチ
なぜ、僕がこの作品を紹介したのか。自分でも疑問・・・。だが、これまで知っていた「糸車の聖母子」と違う。
聖マリアの背景に描かれた木。幼子イエスの顔だち。こちらのほうが、僕は鑑賞しやすい。
ダ・ヴィンチの「糸車の聖母子」という作品は、いずれも背景を異なって描かれている。大きくみえるマリアの手に、細い十字架を人差し指で支える幼子の構図はいっしょ。
1501年の個人所蔵の「糸車の聖母子」は左で、右が1510年というが、1501年で紹介されている場合もあるし、どれも贋作という話もある。
贋作というよりも、ダ・ヴィンチ フォロワーで、ディ・クレディあたりではないか。また、贋作という説のあるダ・ヴィンチの「リッタの聖母」が、ダ・ヴィンチ フォロワーとして、聖母子のスタイルになっているのも面白い。
ダ・ヴィンチ スタイル
ダ・ヴィンチ 「グラナダの聖母子」(1470)
ダ・ヴィンチ 「リッタの聖母」(1490-91)
ディ・クレディ「聖母子」(1494年)
ルイス・デ・モラレス「聖母子」年代不詳
ボッティチェリ「敬慕する小聖母」/「海の聖母子」
ロレンツォ・ディ・クレディ ヴィーナス
こっちは、ボッティチェリ フォロワー

この魅力のない「糸車の聖母子」より、先に完成されているのが、制作年数がまちまちの「カーネーションの聖母」だ。下の画像の右側。
アルテ・ピナコテークにある1473年頃の「カーネーションの聖母」、あるいは1480年、もしくは1485〜1480年とある。右の「ブノワの聖母」もこの頃だ。モンテ・オリベット修道院の受胎告知に取り掛かったころ(1473年)に、「カーネーションの聖母」を手がける。1473年に手がけたこの作品は、1475年頃に完成したという。
真作だというが、魅力なし。
アルテ・ピナコテーク美術館には、1475年頃とされる「カーネーションの聖母」がweb上で公開されている。
エルミタージュ美術館の「ブノワの聖母」(1475-78年)も未完。幼子イエスの上にある窓。色が塗り込めれているが、作品として不完全。何を描こうとしたのか。あるいは塗りつぶしたのか。真作だというが、センスなし。
技法を用いた作品としては名高くなるだろう。だが真筆か否かで、「何が正しくて、何が正しくないか」という判断はナンセンス。ダ・ヴィンチだけではなく、出所が未知であり、制作年数も定かではないとされる作品が結構ある。名作は、技法や画家の名だけで決まる?
事実(真作)を見極めればいいだけで、「ほ〜ら贋作」で、終わりではない。「or」、「and」、もしくは「follower」の作品も多いのだから。
まして、もっともらしい謎ときなど、週刊誌や娯楽番組が企画すればいい。ただ、そういうものは「何が正しくて、何が正しくないか」という雑学であり、芸術の理解には乏しいのだろう。

右がカーロ ナヤ コレクションの「猫と聖母子」だ。1480年〜81年の作品といわれている。ちょうど、「カーネーションの聖母」が完成されたときと重なる。左が「習作 猫と聖母子」。1478年らしい。大英博物館所蔵。カラーは、クリックで。魅力なし。
1938年に公開されたという、このカーロナヤコレクションの「猫と聖母子」は、イタリアの貴族から寄付されたものだという。
サン・フランチェスコ・グランデ聖堂では、デ・プレディス兄弟の描いた楽器を持つ天使が、三連画の中央であるダ・ヴィンチの「巌窟の聖母」(ロンドン,ナショナルギャラリー所蔵)を左右の側面を飾る。はじめの作品が、トラブルでルイ12世のもとに。いまはルーブル美術館。こういうのが面白い。

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会にあったデ・プレディスの、この「楽器を持つ天使」(1506-08)は、1898年からロンドン,ナショナルギャラリーにある。
左に「ヴィエールを弾く緑の天使」、右に「リュートを弾く赤の天使」として所蔵。大きい画像は、クリックで。デ・プレディス兄弟は、書き直しの「巌窟の聖母」に手を加えているというが、この作品は好きだ。
普通は、「受胎告知」や「キリスト復活」にしか登場しない大天使ガブリエルがいる。これは、受胎告知からキリスト復活までのあらましを描いているのだろうか。

左は、「聖アンナと聖母子」(1507-08年)でロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵。右は、フィレンツエのサンティッシマ・アンヌンツィアータ聖堂の祭壇画として描かれたもので、現在はルーブル美術館所蔵である「聖アンナと聖母子」(1508-10年)。未完の作品だが、作品を仕上げたことが完璧になるのか。
人の手によるもので、「完璧」などありえない。「完璧」な作品には、次がないだろうと思う。未完なほど、ダ・ヴィンチは面白い。決して完璧主義とも思えないが、未完のまま残したのはなぜだろう。

1513〜1519年にかけて完成された、ルーブル美術館所蔵の「洗礼者聖ヨハネ(or バッカス)」は真筆ではない作品といわれているが、「作品」としては楽しめる。おなじ所蔵先の真筆とされている「洗礼者聖ヨハネ」(1513-16年)より、鑑賞しやすい。やはり、この作品は、バッカスではないか。右はヴァチカン美術館所蔵の「聖ヒエロニムス」(1480-82年頃)だ。
ワシントンナショナル・ギャラリーの、中途半端な「ジネヴラ・ベンチの肖像」、ルーブル美術館の「ラ・ベルフェロニエール」はつまらない。技法の才能はあっても、魅力的な作品が少ない。センスがない。まぁ、ホグワーツの「太ったレディの肖像画」の隣に並べると魅力があるのかも。
天才、万能のレオナルドに、好き勝手なことを書いてしまった。どうぞ、参考になさらないでください。
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レオナルド・ディ・セル・ピエロ・ダ・ヴィンチ リンク集
アンブロジアーナ図書館をはじめとする手稿のほか、素描画などにリンク。スフォルツァ騎馬像は、Leonardo da Vinci's Horse から。
ちょっとコメントの文字数のこと。
文字数が多いと送信できないようになったのかな?テンカップさんへの返信が4行になると送信できず。短い返信ですみません。
番外編
もう一人のモナリザ ラ・ジョコンダ
Yves Saint-Laurent Rive Gauche1998 モナリザ パロディ
レオナルド・ディ・セル・ピエロ・ダ・ヴィンチ 「ダ・ヴィンチ・コード」
レオナルドとボッティチェリのTavern(居酒屋) Sandro's three frogs
番外編 追記
(C)AFP – 5 nov. 2008 記事よりLe tableau "La Madone de Laroque" le 27 octobre 2008 à Laroque, village du sud de la France
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レオナルドを彷彿させる作品がフランスヴィレッジ ラクロワ(ラクロワ村)の古道具屋で購入されたのが1998年10月12日のこと。当時はレオナルドを思い出すという程度だったらしい。それが可能性が高くなり「ラクロワの聖母」と命名された。
当時購入したのはジャック・プルースト(Jacques Proust)氏、ギー・ファダ(Guy Fadat)氏、フランソワ・ルクレー(Francois Leclerc)氏のラロックに住む3人。
2009.7.21 追記フランスのカトリック系新聞「ラ・クロワ」から、3人と「ラクロワの聖母」の記事と写真。
(C)La Croix 2007.8.09
Telegraph(日刊テレグラフ)によると、レオナルド・ダ・ヴィンチ博物館館長アレッサンドロ・ヴェッツォーシィ氏はリンク先の日刊テレグラフの記事にある「"It is absurd to say that Leonardo painted this picture," he said.」と、レオナルド本人ではないと述べている。が、その月の20日には、アレッサンドロ・ヴェッツォーシィ氏が、イタリアのCHIETLIにあるGABRIEL D’ANNUNZIO大学の人類学者のルイージ・カパッソ教授にレオナルドの指紋を依頼。
僕としては、アレッサンドロ・ヴェッツォーシィ氏は「違う」と答えていると思ったのだが。
なぜ、指紋を依頼したのか。彼自身の考えか、あるいはメディアか誰かの働きかけか?
結局、「レオナルド本人ではないと思うが弟子の可能性、レオナルドのアトリエで描かれた可能性」などの専門家から、「はっきり否定されていない」という曖昧さの見解により、「可能性に期待」されているわけだと思う。フジTVの除幕式が昨日あったらしいが、「期待」されるものへの日本メディアらしい対応だなと感じている。
作品が名作か否かだと思うけど。
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