マイセンをコレクションとしている知人が多い。どこにそういう使えるお金があるのだろうと思いつつ、時々、もう長くないから(決してそんなことありません)、好きなものを1点だけ持っていきなさいという方もいらっしゃる。困ってしまうのは、小さいからといって、決して価値が低いわけではないから。なるべく、その方が初期に集められたコレクションを頂戴するようにしているが、相手の顔色を常に伺わなければならないので、多少、マイセンについて勉強をした時期がある。最近では、「僕につり合いのとれそうなものを選んでいただけませんか。」と伺うようにしているのだが。
さて、50代から80代にかけての御仁達は、海外のオークションなどと比較して購入されるらしいが、時折、僕も拝見させていただく。御年が召すにつれ、マイセンの初期のもの、柿右衛門の写しなどに興味を持つらしいが、あのやかんのような、土瓶のようなティーッポットを迷っていたり。そのタイプなら僕は柿右衛門を購入するほうがと、一言余計に言ってしまった。そこから、かなり長時間、マイセン蘊蓄である・・・。(失敗した)
さて、Johann Friedrich Böttger(ベットガー)やケンドラーは省略し、1910年以降の、マイセンの名彫刻が、パウル・ショイリッヒ、マックス・エッサー、エミール・パウル・ベルナーといわれている。このあたりの原作が「復刻版」となり、イニシャルL.M.P.とシリアルナンバー入りのリミテッド・マスターピースとして、マイセン見本市で販売される。
1910年以降というと20〜30年代にかけて、ドイツは建築、家具、食器、アクセサリーなど、アールデコが主流となった。サザビーズのカタログには、かなり面白いマイセンが出品されている。アールデコのマイセンなど。
このうえの写真のチョコレートポットは、唯一「いいな」と思ったものだ。ハンドル、注ぎ口は金彩で、口の下にはマスク(人の顔)が施されている。ところが、マイセンマークは1850-1880年のものらしい。ゼセッション(ゼツェッシォン)は、1897年ウイーンで結成され、アールデコ様式は1920年代だから、「えぇー?」と思った。フラワー、ネームド・ビュー(風景)、ゴテゴテした装飾、洒落気がないブルーオニオン、ファンタジックな挿絵的絵柄などなど、マイセンは僕のテイストとほど遠いが、こんなモダンなストライプの図案を用いたポットが、アールデコ主流の以前に作られていたとは。
かの御仁達は、僕より年配の方々なので、1980年代からのさまざまなオークションのカタログを持っている。アンティークとよばれる前のレトロの年代のものなどもある。美術館などでみるマイセンとは、一味違うものもみることができる。
このオークションカタログは、最近もの。左は、アムステルダム2003年10月で、デルフト、マイセンの陶器、グラスがメイン。中央は、デルフト中心で、マイセンもある。右は、2003年の英国とヨーロッパの陶器のもの。
さて、マイセンのコバルト&ゴールドは、初期によく作られていたらしいが、このアールデコとはちょっとちがう。
Malleries(オークションハウス)
Meissen Cobalt Gold 5 Piece Tea/Coffee Set
(期日が過ぎるとリンク切れになると思います。)
マイセンのお歴々であるが、「伝説の動物」で有名なヘロルトと師弟だったAdam Friedrich Löwenfinck (レーヴェンフィンク)の逃走、絵師Johann Gregorius Höroldt(ヨハン・グレゴリウス・ヘロルト)も型師 Johann Joachim Kaendler(ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー)も型師ピータライニッケも亡くなった1770年代後半には、型師エリアス・マイヤーも去る。
そのあとの時代には、カミーロ・マルコリーニの花、彫刻家ミッシェル・ヴィクトゥール・アシエのロココ時代、そのパートナーともいえるシェーンハイトがいた。
こうして19世紀がはじまり、1800年代にハインリヒ・ゴットロブ・キューンが責任者となり、1862年から花の絵付師はユリウス・エドゥアルト・ブラウンスドルフとなる。つまり、僕が気に入ったチョコレートポットは、ハインリヒ・ゴットロブ・キューンの時代のものなのだ。その後1890年代に、ユーゲントシュティール(広義のアール・ヌーヴォー)が主流になる。もしかしたら、型ではなく、このストライプはビーダー・マイヤー様式 時代になるのかな、チョコレートポット。
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柿右衛門と柿右衛門写しの両方の写真が載っていますが、ちょっと比較にならないくらい差があるように見えます。
>そのタイプなら僕は柿右衛門を購入するほうがと、一言余計に言ってしまった
賛成 !!