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Karl Lagerfeld

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カール・ラガーフェルドの略歴 career
1950年代から現在のカール・ラガーフェルドの写真、スタインウェイのピアノ、H&Mとのコラボ、アウディ・フォーラムの写真展、VOLVO(ボルボ)の広告などはこちらから。
コラボ collaboration
マイセン×カール・ラガーフェルド
カール・ラガーフェルド コラボのモデル
ここではCoca Cola Lightのボトル、tokidokiのミニ・カール、Steiffのカールのティディベア、フォトグラファーのカールのフィギュアが紹介されている。

Karl×Lenôtre
デザイナー× 「ブッシュ・ド・ノエル」
FENDI
インタビュー
ハーパース・バザー誌 2009年
写真家カール・ラガーフェルド

Karl×Dom Perignon
Dom Pérignon Vintage 1998
ドンペリ Rose Vintage 1996
Dom Perignon Oenotheque 1993
Moët & Chandon×Karl Lagerfeld

Numero ヌメロ
ヌメロ誌 カール・ラガーフェルド

写真展
2010年 Karl Lagerfeld, parcours de travail

2008年 ア・ロンブル・デュ・ソレイユ A l’ombre du soleil(太陽の陰で)

シャネル CHANEL
DVD
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シャネル 宮廷の威光と王家の儀式
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シャネル 2011 春夏コレクション
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CHANEL 2008「パリ−モスクワ」
画家 リューボフ・ポポーワとシャネル

CHANEL 2009「パリ−上海」
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ココ・シャネル
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レクター博士の子守唄 グールドの「ゴルトベルク」
グレン・グールド / SAI
バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音)「また出てきた、サラバンドのバスの旋律進行が何度も繰り返される」 

聴く側に解りやすい三拍子による舞曲である。

1539年にフェルナンド・グスマン・メヒアがパナマで書いた詩の中で「サラバンダzarabanda 」という舞踏に触れているという。

セルバンテスやロペ・デ・ヴェガらの文学作品にも言い及んでいる。随分と官能的な踊りらしい。南米から発祥したランバダとどちらが猥らなのだろうか。

さて前置きはこのくらいにして、「サラバンドのバスの旋律進行が何度も繰り返される」と言うのは、ハンニバル・レクター。曲は、バッハが眠れぬ夜の気分が晴れるような変奏曲を伯爵のために作曲した「ゴールドベルク変奏曲」。

あの
グレン・グールドは、「ゴルトベルク」を、1955年6月と1981年4、5月にレコーディング。僕は、「グレン・グールドの音楽が最高だ」というハンニバル・レクターが聴いたのは、1981年だと知った。


「また出てきた、サラバンドのバスの旋律進行が何度も繰り返される」

81年盤は楽曲の構造面に焦点を当て、ずっと緻密な演奏になっている。サラバンド主題も、デビュー盤の倍近く遅い。

by「6本指のゴルトベルク」/岩波 図書 2006年7月号


トマス・ハリスが三部作の第一作「レッド・ドラゴン」を出した1981年。映画化は「刑事グラハム/凍りついた欲望」(Manhunter)が1986年(米)、リメイク「レッド・ドラゴン」(Red Dragon)は2002年のこと。三部作の二作目が「羊たちの沈黙」(1990年)、三作目が「ハンニバル」(1999年公開)である。

「羊たちの沈黙」では、食事が運ばれてきた時に流れていたのは「ゴールドベルク変奏曲」の「アリア・ダ・カーポ」ではなかったか、とあったが。


「ハンニバル」で、もはや左手は6本指ではないレクターは、ゴールドベルク変奏曲をハープシコードで弾く。クラリスを象徴する鹿が森を走っている幻影。処女性を象徴するその楽器の蓋にはピタゴラスの言葉で「音楽は歓びの伴侶、悲しみの薬」と書かれていたのは、好きだというフェルメールの「音楽のレッスン」である。そこには性的誘惑の象徴とされるワインのデキャンタ、均整と調和の象徴であるチェロが描かれていたが、レクターの傍にあっただろうか。


どうなんだ。

演奏中はナルシストぶりを発揮しながら、自分自身に酔いしれるグレン・グールド。また、
ハンニバル・カニバルは、美食に舌鼓をうち、優雅なひと時に酔いしれる。伯爵のように(D.Gray-manの千年伯爵かも)、眠れぬ夜の気分が晴れるのは、グレン・グールドのゴールドベルク変奏曲であったのかもしれない。

さて、こんな指摘がある。


作中に登場するゴルトベルクもほんのちょっとだけ早すぎた。1948年の作だから、レクター博士が好きだったグレン・グールドはまだ15、6歳。 by 「6本指のゴルトベルク」/岩波図書 2006年8月号


Glenn Gould Goldberg Variations Bach 1981


YOU TUBE グレン・グールドの演奏動画
Glenn Gould Goldberg Variations Bach
1981年インタービューと演奏録音(58:56)

Previous video (Glenn Gould 1/4 Goldberg Variations)
Previous video (Glenn Gould 2/4 Goldberg Variations)
Previous video (Glenn Gould 3/4 Goldberg Variations)
Previous video (Glenn Gould 4/4 Goldberg Variations)

Goldberg Variations 1-7
Goldberg Variations 8-14
Goldberg Variations 15-19
Goldberg Variations 20-24

1950年代後半、グレン・グールドにコロンビア・レコードが契約を持ちかけてきた。その時に何を録音するか。

Glenn Gould

たぶん1955年頃のグレン・グールド


これまでチェンバロ演奏とされてきたこの「ゴルトベルク変奏曲」をグールドは選んだ。つまりピアノでは弾きにくい曲で、チェンバロ以外での演奏は考えられなかったこの曲を。

Glenn Gould - Bach - Goldberg Variations (1964)

動画のほうは初録音1955年から9年後。この1964年に演奏活動を引退


おまけ

ドイツ シュタットフェルト演奏 「ゴールドベルク変奏曲」試聴

追記 
aleiくんの記事
グレン・グールド トルコ行進曲 Glenn Gould - MOZART
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バッハ、ほとんど聴いていませんが、
ゴルトベルグの出だしは心に染み入ってくる感じがします。

あの当時、つまりバッハの時代、鍵盤楽器の演奏には親指、小指をもちいなかったそうですが、それならどうやってあの難曲といわれるものを弾きこなしたのでしょうね。

ところで、こうしてsaiさんやその一派(まとめて失礼ですが)の方達のブログに度々お邪魔していますが、これは私として、とても感謝している事です。

西洋美術を偏愛し、近頃ようやく日本美術侮りがたしと感じて色々みるようになったのて゜すが、皆さんのブログでとてもいい勉強をさせてもらっているのです。

いい時期にいい皆さんと出会え、こうして勉強させていただける。

感謝しています。
とーし (2006/09/16 2:27 PM)
とーしさん。
そうすると、両手で6本の指ですね。つまりレクターは、左手が6本だった。とっても奇妙な「6」あわせになりました。

まさに引用した「6本指のゴルトベルク」になります。

両手10本の指でも相当難しいと聞いていますが、バッハは天才ですね。

あるいは、当時の楽器がピアノではなかったからでしょうか。鍵盤の重さが、かなり軽かったのでは・・・。どうだろう。

いずれにしても興味深いです。グールドは、ピアノで、こなしていくんだから。凄いですよね。

>いい時期にいい皆さんと出会え、こうして勉強させていただける。

こちら側が思っていることですよ。とーしさんと交流できて、いろんなことに関心が持て、学習できるようになった。

こちらこそ、感謝です。
sai (2006/09/17 11:33 PM)









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