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Karl Lagerfeld

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カール・ラガーフェルドの略歴 career
1950年代から現在のカール・ラガーフェルドの写真、スタインウェイのピアノ、H&Mとのコラボ、アウディ・フォーラムの写真展、VOLVO(ボルボ)の広告などはこちらから。
コラボ collaboration
マイセン×カール・ラガーフェルド
カール・ラガーフェルド コラボのモデル
ここではCoca Cola Lightのボトル、tokidokiのミニ・カール、Steiffのカールのティディベア、フォトグラファーのカールのフィギュアが紹介されている。

Karl×Lenôtre
デザイナー× 「ブッシュ・ド・ノエル」
FENDI
インタビュー
ハーパース・バザー誌 2009年
写真家カール・ラガーフェルド

Karl×Dom Perignon
Dom Pérignon Vintage 1998
ドンペリ Rose Vintage 1996
Dom Perignon Oenotheque 1993
Moët & Chandon×Karl Lagerfeld

Numero ヌメロ
ヌメロ誌 カール・ラガーフェルド

写真展
2010年 Karl Lagerfeld, parcours de travail

2008年 ア・ロンブル・デュ・ソレイユ A l’ombre du soleil(太陽の陰で)

シャネル CHANEL
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シャネル 宮廷の威光と王家の儀式
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画家 リューボフ・ポポーワとシャネル

CHANEL 2009「パリ−上海」
ショートムービー シャネルの夢
ココ・シャネル
*Gabrielle Bonheur Chanel

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サント・ドミンゴ・エル・アンティグオ聖堂 エル・グレコの祭壇と墓碑 ソネットを捧げたパラビシーノ
art / SAI

The Santo Domingo el Antiguo Altarpieces (1577-79) by EL GRECO


サント・ドミンゴ・エル・アンティグオ聖堂の祭壇衝立はエル・グレコが制作したんだけど、いまここの祭壇画はコピーばっかりで、実際にエル・グレコが描いた作品は3点のみ。主祭壇では聖フアン・エバンへリスタと聖バウティスタだけ。

Retable and side altars


一番上の「三位一体」はプラド美術館に行っちゃってる。主祭壇の左右にある祭壇画は、右が「キリストの復活」で健在。左が「羊飼いの礼拝」なんだけど、僕には行方がわからない。まずは嫁入り先を順に紹介。




The Trinity by EL GRECO Museo Nacional del Prado

エル・グレコ 三位一体
1577-1579 プラド美術館


The Assumption of the Virgin, El Greco, 1577-79 Art Institute of Chicago

エル・グレコ 聖母被昇天 
1577-1579 シカゴ美術館





Saint Bernard,Saint Benedict

聖ベルナールと聖ベネディクト


聖ベネディクトはプラド美術館に引き取られ、聖ベルナールは個人所蔵となっていたけど、現在は消失したみたい。

Saint Benedict by El Greco  Museo Nacional del Prado

エル・グレコ 聖ベネディクト
1577-1579 プラド美術館



 



エル・グレコ 聖フアン・エバンへリスタと聖バウティスタ
1577-1579 サント・ドミンゴ・エル・アンティグオ聖堂





The Resurrection Church of Santo Domingo el Antiguo, by EL GRECO  Toledo

エル・グレコ キリストの復活 1577-1579
サント・ドミンゴ・エル・アンティグオ聖堂



サント・ドミンゴ・エル・アンティグオ聖堂で、エル・グレコのオリジナルが先の聖フアン・エバンへリスタと聖バウティスタ、そしてこの「キリストの復活」になる。


The Adoration of the Shepherds

エル・グレコ 羊飼いの礼拝
このオリジナルの行方がわからない。


主祭壇の右にあるのが「キリストの復活」で、左の「羊飼いの礼拝」は不明になっている。誰か知ってる?



この教会に、エル・グレコことドメニコス・テオトコプーロスは、家のパンテオンの祭壇を考えていた。行方のわからない「羊飼いの礼拝」と同じ主題を祭壇画として描いた。

ドメニコス・テオトコプーロスが「羊飼いの礼拝」にこだわったのが、「テオトコプーロス」の名に肖ったわけ。

Adoration of the Shepherds Museo Nacional del Prado

エル・グレコ 羊飼いの礼拝 1612-14
プラド美術館


「テオトコプーロス」(Theotocopoulus)はギリシャ語で「神の母」を意味する。もともと図像を描くイコン画家で、正教会はイコン(聖像)を崇敬している。聖母マリアは正教会では生神女で、セオトコス(Theotokos テオトコス)といい、エル・グレコにふさわしい主題だった。

だけど、サント・ドミンゴ・エル・アンティグオ修道院と「羊飼いの礼拝」は縁が薄いようで、このエル・グレコの家族のパンテオンはつくられず、この祭壇画を別の場所へ収め、その後転々としたらしく、1854年にプラド美術館が買い取ったらしい。




Convento de Santo Domingo el Real

サント・ドミンゴ・エル・アンティグオ修道院入り口


このサント・ドミンゴ・エル・アンティグオ修道院の地下に、エル・グレコ自身のパンテオンがある。不思議な因縁。プラド美術館所蔵の「羊飼いの礼拝」は、エル・グレコのパンテオンにも飾られなかったようだ。

そのエル・グレコの墓碑に詩を捧げた友人がいる。ボストン美術館で会った人もいるかもしれないけど、詩人で説教師の修道士「オルテンシオ・フェリス・パラビシーノ」だ。

フェリペ3世、4世に仕えた宮廷説教師。フランシスコ・パチェーコ(Francisco Pacheco、1564-1644)の「絵画芸術」(Arte de la Pintura)に及ぶくらいの説教における美術への言及が知られている。



1625年の洗礼者聖ヨハネの祝日に、キリストとヨハネの識別、原画と模写(あるいは真筆と偽筆)の区別についての説教で、名を挙げた一人にすでにこの世を去ったエル・グレコがいた。

このオルテンシオ・フェリス・パラビシーノは、宗教画の図像学においての見解は厳しく、「聖書の記述と等しく正確に描くこと」だった。

気になるのはエル・グレコがエル・エスコリアル修道院の「聖マウリティウスの殉教」だ。フェリペ2世が祈りを捧げる作品ではないとお蔵入り。だがエル・グレコは新約聖書の原文を誰より理解していた。

Portrait of Fray Hortensio Felix Paravicino(Hortensio Félix Paravicino) by ElGreco Museum of Fine Arts, Boston

修道士オルテンシオ・フェリス・パラビシーノの肖像
1609年頃 エル・グレコ ボストン美術館


いつから二人が親交を暖めていたのか知らないけど、エル・エスコリアル修道院の頃かもしれない。

エル・グレコの墓碑のソネット 
by オルテンシオ・フェリス・パラビシーノ

Obró a siglo mayor, mayor Apeles,
no aplauso venal y su extrañeza
admirarán, no imitarán edades
Creta le dio la vida y los pinceles,
Toledo mejor patria donde empieza
a lograr con la muerte eternidades

アペレスより偉大で打算なき拍手が彼を賞賛する。
クレタ島で生を受け筆を授けられ、トレドで死を迎え、
(クレタ島で生を受け、トレドで筆を与えられ)
祖国で永遠に生き続ける。(僕的な意訳)

ドメニコス・テオトコプーロスがエル・グレコ(ギリシャ人)と呼ばれたのはいつからなんだろう。

クレタで生まれ、26歳でヴェネツィアへ行き、35歳でスペインのトレドに住み着いた。サント・ドミンゴ・エル・アンティグオ聖堂の祭壇衝立は、トレド大聖堂(1577-79)と同じ時期の仕事になる。

エル・グレコの遺言で、執行人としたのが修道士ドミンゴ・バネーガス、そして友人でもあるルイス・デ・カスティーリャ。

このサント・ドミンゴ・エル・アンティグオ聖堂、トレド大聖堂の聖衣剥奪は、ルイス・デ・カスティーリャの計らいだ。トレド大聖堂学部長の父ディエゴ・デ・カスティーリャに推薦したからだ。ルーヴル美術館所蔵の「フランス王聖ルイと小姓」は、ルイス・デ・カスティーリャが重ねられている。

この大聖堂のあとエル・エスコリアル修道院、サント・トメ教会の「オルガス伯の埋葬」(1586-88)、聖体修道院(1596-1600)、サン・ホセ礼拝堂(1597-99)、イリェスカスのカリダー(カリダード)、施療院の祭壇(1603-05)オバーリェ礼拝堂(1608-13)タベーラ施療院(1608-04)と手がけていく。

73歳で亡くなって、今年はエル・グレコ没後400年になる。

追記 エル・グレコ関連記事 
エル・グレコとその工房 受胎告知
エル・グレコと工房 7枚の聖衣剥奪
エル・エスコリアル修道院 フェリペ2世の夢
サン・ホセ礼拝堂 エル・グレコ 4枚の祭壇画
オバーリェ礼拝堂 エル・グレコの無原罪の御宿
タベラ施療院 エル・グレコの祭壇画とコレクション
エル・グレコ 無原罪の御宿り(ティッセン=ボルネミッサ美術館、サンタ・クルス美術館)
サント・ドミンゴ・エル・アンティグオ聖堂 エル・グレコの祭壇と墓碑 ソネットを捧げたパラビシーノ

追記2
aleiくんがエル・エスコリアル修道院の記事アップしたけど、凄すぎ。あれなら僕は途中で投げ出すくらいに長い記事。ちょっと感激。でも読んでて笑いが止まらなかった。あまりに凄すぎて。

追記3
□ みんなのエル・グレコ記事をまとめた。
XAI エル・グレコ オルガス伯爵の埋葬から

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エル・グレコ サン・ビセンテ聖堂オバーリェ礼拝堂 無原罪の御宿り1608-13  サンタ・クルス美術館寄託(サン・ニコラス教区聖堂) これはオバーリェ礼拝堂の主祭壇画。いつも思うんだが晴れ上がった空ではなく、太陽と月、昼と夜がコーヒーにミルクを混ぜたように
| remove | 2012/07/09 10:09 PM |
無原罪の御宿り 1608-14 ティッセン=ボルネミッサ美術館エル・グレコと息子ホルヘ・マヌエル・テオトコプリ 正直に申しますとエル・グレコには関心がなかったと言いますか、嫌いな作品が多かったんですね。それは良くない画像や画集を見ていたからで、良い画集や写
| Life Style Concierge | 2012/07/09 10:10 PM |

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