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Karl Lagerfeld

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カール・ラガーフェルドの略歴 career
1950年代から現在のカール・ラガーフェルドの写真、スタインウェイのピアノ、H&Mとのコラボ、アウディ・フォーラムの写真展、VOLVO(ボルボ)の広告などはこちらから。
コラボ collaboration
マイセン×カール・ラガーフェルド
カール・ラガーフェルド コラボのモデル
ここではCoca Cola Lightのボトル、tokidokiのミニ・カール、Steiffのカールのティディベア、フォトグラファーのカールのフィギュアが紹介されている。

Karl×Lenôtre
デザイナー× 「ブッシュ・ド・ノエル」
FENDI
インタビュー
ハーパース・バザー誌 2009年
写真家カール・ラガーフェルド

Karl×Dom Perignon
Dom Pérignon Vintage 1998
ドンペリ Rose Vintage 1996
Dom Perignon Oenotheque 1993
Moët & Chandon×Karl Lagerfeld

Numero ヌメロ
ヌメロ誌 カール・ラガーフェルド

写真展
2010年 Karl Lagerfeld, parcours de travail

2008年 ア・ロンブル・デュ・ソレイユ A l’ombre du soleil(太陽の陰で)

シャネル CHANEL
DVD
Signé Chanel サイン シャネル
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シャネル 宮廷の威光と王家の儀式
CHANEL Paris Fashion Week
*シャネル・ニュース
シャネル 2011 春夏コレクション
Spring Summer 2011 Collection
*Métiers d’Art メティエダール

CHANEL 2008「パリ−モスクワ」
画家 リューボフ・ポポーワとシャネル

CHANEL 2009「パリ−上海」
ショートムービー シャネルの夢
ココ・シャネル
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セシル・ビートン 陽気な若き人々(Bright Young People)
フォトグラフ / SAI

The Bright Young People 1920

陽気な若き人々(Bright Young People)の階級 ロンドン 1920
写真家不明


ロンドンの社交界に出入りする貴族階級と上流階級(貴族ではないジェントルマン階級)の人々。上流階級(ジェントルマン階級)には大地主、銀行家、医者、高位聖職者、軍人、そして資本家のブルジョワジーら。

1920年代から30年代にかけて、ロンドンの社交界の若者たちを陽気な若き人々(Bright Young People)と呼んだタブロイド紙。風刺的な意味も込めて。

日本でいえば、夏目漱石の小説にも登場する「高等遊民」の類だ。裕福で生得的地位、もしくは社会的地位のある家柄に生まれた彼らの日常から夜の社交界でのライフスタイル。

The Bright Young 1927 by Cecil Beaton

陽気な若き人々(Bright Young People)
セシル・ビートン(Cecil Beaton)


「陽気な若き人々」の一人でもあるセシル・ビートンは、またまた彼らを馬鹿げた肖像写真に仕立て上げた。サーカスの劇団員みたいだね。

作曲家のウィリアム・ウォルトン(William Walton), セシル・ビートン(Cecil Beaton), 画家でもあり詩人でもあるスティーブン・テナント(Stephen Tennant), イラストレーターのレックス・ウィスラー(Rex Whistler), イーディス・シットウェルのジョージア・シットウェル(Georgia Sitwell), 画家二コ・ヤングマンの娘たちでジタとテレサ(Zita Jungman and Teresa Jungman)の男女7人が写っている。

まるでヴィンターハルターの絵画をマネしたみたいだ。

Franz Xaver Winterhalter The Empress Eugenie Surrounded by her Ladies in Waiting 1855 Château de Compiègne

侍女に囲まれたウジェニー王妃 1855
フランツ・ヴィンターハルター コンピエーニュ城美術館


楓の記事で、「画家ジョン・シンガー・サージェントと写真家セシル・ビートン」で扱ったのは、「ウィンダム姉妹」そのもののコピーだけれど、フランツ・ヴィンターハルターの絵画作品を模倣しているものも多い。

このヴィンターハルタースタイルで撮影された彼らは、見てのとおりに性別(ジェンダー)を問わない「 陽気な若き人々(Bright Young People)」だ。

タブロイド紙の造語「陽気な若き人々」は、上流階級のアーティストたちを仲間に、セシル・ビートンはスティーブン・テナント(Stephen Tennant)がいる。美少年、美青年と1930年代まで、もっとも美しい容貌を保ち、性を超えたミューズでもあった。

STEPHEN TENNANT BY CECIL BEATON

スティーブン・テナント(Stephen Tennant)
by セシル・ビートン(Cecil Beaton)


性を超えたミューズ(彼はLGBTだし)。貴族階級のスティーブン・テナントは、芸術家たちにインスピレーションを与えるミューズではあったものの、自分の創作には熱心ではなかったよう。

1970年から死ぬまでの17年間をベッドと共に生活をし、デカダンスを象徴するような人物。オスカー・ワイルドを好んでいた。

さて、その17年間で 陽気な若き人々だったスティーブン・テナントの美を老化させた。

David Hockney &Stephen Tennant with fan

デイヴィッド・ホックニーとスティーブン・テナント
by セシル・ビートン(Cecil Beaton)


どちらかというと風刺の意味が強い「陽気な若き人々」(Bright Young People)であって、賞賛されていたわけじゃない。

「若くてリッチなセレブ」を批判的に小説にしたのはイーヴリン・ウォー(Evelyn Waugh)。1930年に書かれた「卑しいボディ」(Vile Bodies)だ。

その「Vile Bodies」は、2003年に映画化された。

Bright Young Things, Mozart party 1930

陽気な若き人々(Bright Young People) 写真家不明
Elizabeth Ponsonby ,Denis Pelly, her husband,
Cecil Beaton ,Cyril Connolly and Patrick Balfour
モーツァルト パーティ (Bright Young Things, Mozart party 1930)


けれど話題性のある階級と風俗スタイルだ。仮装のモーツァルトパーティでは、彼らは「労働者階級」のポーズで撮影されている。

セシル・ビートンはドリルを持つ。

セシル・ウォルター・ハーディ・ビートン(Sir Cecil Walter Hardy Beaton, CBE)は、貴族階級ではなく、裕福な階級に生まれたが、没落。ファッション写真家として職業につく。名門校出身のため上流階級とは縁がある。

Le Bal oriental, at the Palazzo Labia  1951

 Le Bal oriental, at the Palazzo Labia
ベイステギ主催 東洋の仮装舞踏会 1951 写真家不明


セシル・ビートンは大富豪家のドン・カルロス·デ·ベイステギ(Charles de Beistegui)の宣伝にも協力。1951年のベイステギが催した世紀のパーティー「東洋の仮装舞踏会」(ル・バル・オリエンタル)のゲストたちを撮影している。

Le Bal oriental, at the Palazzo Labia Patricia López-Wilshaw de emperatriz china by Cecil Beaton

Le Bal oriental, at the Palazzo Labia 
Patricia López-Wilshaw de emperatriz china 
by セシル・ビートン(Cecil Beaton)


中国の皇帝の団の従者に扮するパトリシア・ロペス・ウィルショーのこの写真は、ロベール・ドアノーも撮影。

記事 ロベール・ドアノー ラビア宮殿 仮面舞踏会 1951 ピエトロ・ロンギの世界


このラビア宮殿でのベイステギの仮装舞踏会でのダイアナ・クーパーが、パラッツォ・ラビア ティエポロのフレスコ画のクレオパトラで仮装したセシル・ビートンの写真はこちら。

aleiくんの記事 世紀のパーティ 1951 ラビア宮殿(パラッツォ・ラビア)


Le Bal oriental, at the Palazzo Labia Cecil Beaton and friends attending the costume ball by Cornell Capa

Le Bal oriental, at the Palazzo Labia
 ラビア宮殿での仮装したセシル・ビートンと友人たち
Cecil Beaton and friends attending the costume ball
by コーネル・キャパ(Cornell Capa)


コーネル・キャパはベイステギの仮装舞踏会でのセシル・ビートンを撮影。セシル・ビートンの隣のコスチュームはダリとディオールが担当した「ヴェネツィアの怪人」。

セシル・ビートンは貴族階級のあの有名なミットフォード姉妹、上流階級ではデュオのシンガー、ノードストーム・シスターズたちと交流もあった。

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記事 Cecil Beaton セシル・ビートン ピカソの「緑の葉と裸婦」の前で 
記事 Cecil Beaton セシル・ビートン ボーダーとストライプのポートレート

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