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Karl Lagerfeld

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ベノッツォ・ゴッツォリ メディチ・リッカルディ宮殿 Chapel of the Magi
メディチ家 Medici / SAI

メディチ・リカルディ宮マギ礼拝堂の「ベツレヘムに向かう三賢王(東方三博士)」(東方三博士のベツレヘムへの旅 1459 - 1461)の依頼主はピエロ・ディ・メディチだという。

1月6日のエピファニア 救世主の公現祭(Epifania)は、幼子イエスへの東方の三博士の訪問と礼拝を記念する行事でもあり、ロレンツォの母親ルクレツィア・トルナブオーニがこの祝祭を重んじていた。

1447年から3年に一度、「東方三博士の仮装行列」(Cavalcata dei Magi)、「東方三博士の行列」(Cavalcata dei Magi)なんて呼ばれて、1494年まで続いたが、1997年にドゥオーモの700年祭で復活した。



ベノッツォ・ゴッツォリ 2枚の自画像


そのメディチ家の「東方三博士」と、コジモ・デ・メディチが誘致したフィレンツェ公会議を主題に描かれた作品で、メディチ家のほか公会議に主席した人物たちが描かれている。

公会議の人物たちで、はっきりと描かれているのはヨハネス8世パレオロゴスやコンスタンディヌーポリ総主教ヨセフス。

教皇エウゲニウス4世、エフェソス、ニカイア、キエフ、アレクサンドリア、アンティオキア、エルサレムの司教たちが
サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂で討議した。



Procession of the Youngest King (east wall) 青年王の行列


凛々しくいささかカッコよく描きすぎているロレンツォ・デ・メディチ(Lorenzo de' Medici)。未来にはフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの狸親父に、サヴォナローラの神権政治が待ち受けてるんだ。

記事 
ロレンツォ・デ・メディチとフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ



 


メルキオール(Melchior-黄金-王権の象徴、青年の姿の賢者)として描いたロレンツォ・デ・メディチ(1449-1492)は当時は10歳くらい?右の馬上の「二人の騎士」は、黄金と剣を捧げ持つ。

この二人、一緒に暮らしていた又従兄弟のピエルフランチェスコ(Pierfrancesco de' Medici, 1430-1476)?、フランチェスコ・ディ・ロレンツォ・デ・メディチ(Francesco de' Medici)?だったりして。

この連作には人文主義マルシリオ・フィチーノとクリストフォロ・ランディーノ(Marsilio Ficino and Cristoforo Landino)も描かれているらしいが、どこ?ホント?

青年王の行列には「メディチ一族」、「親メディチ派」が描かれているらしい。



 


 



若き王として描かれたロレンツォのあとに続く「馬に乗っている4人」の人物は、右からロレンツォの父ピエロ・ディ・メディチ(ピエロ・ディ・コジモ・デ・メディチ Piero di Cosimo de' Medici )、祖父コジモ・デ・メディチ(Cosimo il Vecchio de’ Medici)。

ピエロの乗る白い馬鋲を装飾しているのは「Semper」(常に)という信念を象徴するエンブレムらしい。

ピエロ・ディ・メディチとコジモ・デ・メディチに一人の人物が描かれている。コジモの非嫡子のカルロ・ディ・コジモ・デ・メディチ(Carlo di Cosimo de’ Medici)だった。プラートの町の聖堂参事会長カルロというのがこの人物。

そしてロレンツォの友人でもあり、フィレンツェのメディチと協力関係があった頃のミラノのガレアッツォ・マリーア・スフォルツァ(Galeazzo Maria Sforza, 1444-1476)、リミニの領主シジズモンド・パンドルフォ・マラテスタ(Sigismondo Pandolfo Malatesta、1417-1468)である。

記事 
ロレンツォ・デ・メディチとスフォルツァ家



 


この作品の画家ベノッツォ・ゴッツォリの自画像。この作品から、ボッティチェッリは「東方三博士の礼拝」(メディチ家集団肖像画)に自画像を描いたのだろうか。

赤い帽子に「Benozzo(ベノッツォ)」と書いてある。この彼の周りにも、当時の著名な人物が描かれているかもしれない。彼の左上の赤いボンネットの人物はローマ教皇のピウス2世(Pius II)じゃないかとある。


左枠はコジミーノ・ジョヴァンニ・ディ・デ・メディチ(Cosimino di Giovanni di Cosimo de’ Medici)、左枠から二番目は次の画像から。そして中央の枠の二人は、ロレンツォとジュリアーノの家庭教師でアレッツオの司教ジェンティーレ・ベッキ(Gentile Becchi)。

その隣がジュリアーノ・ディ・ピエロ・デ・メディチ(Giuliano di Piero de’ Medici )だとあったが、ジュリアーノが二人描かれているわけがない。

そして右枠はジョヴァンニ・ディ・フランチェスコ・トルナブオーニ(Giovanni di Francesco Tornabuoni)、コジモの非嫡子ジョヴァンニ・ディ・ コジモ・デ・メディチ(Giovanni di Cosimo de’ Medici)だとあった。



 



ツァハリアス(ザッカリア)の前に現れる天使
ドメニコ・ギルランダイオ(Domenico Ghirlandaio)




ジェンティーレ・ベッキやロレンツォの母親の実家トルナブオーニ家が描かれているということは、サンタ・マリア・ノヴェッラ トルナブオーニ礼拝堂のドメニコ・ギルランダイオのフレスコ画の「ツァハリアス(ザッカリア)の前に現れる天使」に描かれているメンバーの若かりし頃がここにいてもおかしくないかなって。

記事 
サンタ・マリア・ノヴェッラ トルナブオーニ礼拝堂のメディチ家

ということは、ベノッツォ・ゴッツォリやピウス2世が描かれている周辺?



下段にメディチ家




この作品が完成した頃のメディチ家は、ピエロ・ディ・メディチ(Piero di Cosimo de' Medici )、非嫡子と思われるフィリッポ・ディ・コジモ・デ・メディチ(Filippo de' Medici アレッツォ司教、ピサ大司教)、ジョヴァンニ・ディ・コジモ・デ・メディチ(1421-1463 メディチ銀行総支配人)、カルロ・デ・メディチ(Carlo de' Medici 1430-1492)がいる。

ジョヴァンニの子コジミーノ・デ・メディチ(Cosimino de' Medici 1455-1461)は完成時に死去しているので、コジモの孫はロレンツォとジュリアーノ。

コジモ・デ・メディチ(イル・ヴェッキオ 1389年 - 1464年)の父はジョヴァンニ・ディ・ビッチ(1360年 - 1429年)。弟にロレンツォ(Lorenzo de' Medici, 1395-1440)がいる。



 





ジョヴァンニ・ディ・ビッチの弟、コジモの叔父にはフランチェスコ・ディ・ビッチ・デ・メディチ(Francesco de' Medici)、従兄弟はアヴェラルド・ディ・フランチェスコ・デ・メディチ(Averardo de' Medici ?- 1434)、その従兄弟の子にジュリアーノ・ディ・アヴェラルド・デ・メディチ(Giuliano de' Medici)がいる。

さきのジェンティーレ・ベッキ(Gentile Becchi)の隣にいるジュリアーノは、ジュリアーノ・ディ・アヴェラルド・デ・メディチ(Giuliano de' Medici)ではないだろうか。



 



フィリッポ・リッピ(Filipino Lippi)
Adoration of the Magi 1496
東方三博士に描かれているピエルフランチェスコ




ロレンツォの父ピエロの弟のロレンツォ側(分家)には、ピエルフランチェスコ(Pierfrancesco de' Medici, 1430-1476)、フランチェスコ・ディ・ロレンツォ・デ・メディチ(Francesco de' Medici)で、二人は成人するまでロレンツォ、ジュリアーノと暮らしていた。

この二人もはっきり描かれていてもいいんだけど。

フィリッポ・リッピの「東方三博士の礼拝」には、ピエルフランチェスコ、息子のロレンツォ・イル・ポポラーノ(Lorenzo il Popolano)、ジョヴァンニ・イル・ポポラーノ(Giovanni il Popolano)を描かせた。


ベノッツォ・ゴッツォリの自画像の下に描かれた二人の少年。この二人はロレンツォ(Lorenzo di Piero de’ Medici detto il Magnifico)とジュリアーノ(Giuliano di Piero de’ Medici)?の兄弟だという説がある。



 


僕的にロレンツォ(Lorenzo di Piero de’ Medici detto il Magnifico)は納得している。ロレンツォの陰にいる左の少年は誰?金髪の少年も気になる。

ジュリアーノ・ディ・アヴェラルド・デ・メディチ(Giuliano di Averardo de' Medici))とピエルフランチェスコ(Pierfrancesco de' Medici, 1430-1476)、フランチェスコ・ディ・ロレンツォ・デ・メディチ(Francesco de' Medici)がいっしょに描かれているとするならば。


ジュリアーノ(Giuliano di Piero de’ Medici)だとわかっているのは、「老王の行列」で先頭にいる馬上の少年。「青年の行列」で、どの顔なんだろう。やっぱりロレンツォと並んでいる少年なのかな?帽子をかぶらない金髪の少年は小姓風なんだけど、なぜ一人だけメディチの親族のなかに描かれてるのかが不思議。

ロレンツォとジュリアーノ兄弟、従兄弟ロレンツォとジョヴァンニの兄弟の4人の家庭教師はマルシリオ・フィチーノ(Marsilio Ficino)やアンジェロ・ポリツィアーノ(Angelo Poliziano)がいる。



 



Procession of the Middle King (south wall) 壮年王の行列


ヨハネス8世パレオロゴス( John VIII Palaiologos 1392-1448)は、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)パレオロゴス王朝の皇帝。マヌエル2世(1350-1425)の息子。

フィレンツェに、フェラーラ・フィレンツェ公会議を誘致したのはコジモ・デ・メディチ。その公会議に出席したヨハネス8世がモデルという一説がある。

出席していたニカイアの府主教としてヨハンネス・ベッサリオン(Johannes Bessarion)、ミストラスのゲオルギオス・ゲミストス・プレトン(Georgios Gemistos Plethon)は、プラトン哲学を伝えた。

この公会議のあと、メディチ家の「プラトン・アカデミー」が設立された




 


ヨハネス8世に仕える小姓は、当時の中世ヨーロッパの典型的なページボーイ(page boy)だ。しかも他の小姓と相異した服装と色。

バルタザール(Balthasar-乳香-神性の象徴、壮年の姿の賢者)をヨハネス8世にたとえ、彼は東西キリスト教会の合同と十字軍対オスマン帝国強硬政策を進めたが、1453年にオスマン帝国軍がコンスタンティノポリスを陥落させ、この公会議の協議は水の泡となった。

この隣の作品は次の作品の老王の行列(Procession of the Oldest King -west wall)の総主教ヨーゼフ2世(コンスタンディヌーポリ総主教ヨセフス)の随行の射手。


 



青い服のページボーイ ヨハネス8世


主君と小姓の男色関係を示したものだろうか。ボッティチェッリの「東方三博士の礼拝」にも同様に見られる。

ヨハネス8世は、ピエロ・デラ・フランチェスカ (Piero della Francesca)の「キリストの鞭打ち」(モンテフェルトロ家の依頼の作品)にも描かれている。


ロレンツォの姉たち。ベルナルド・ルチェライの妻となるナンニーナ(Nannina de' Medici)、マリア(Maria)、そしてグリエルモ・デ・パッツィの妻となったビアンカ(Bianca de' Medici)が描かれている。


 



他のサイトでは風景のフレスコ画がないんだけど、たしかにあったので、そのとおりの配置に並べてみた。

この「老王の行列」に描かれている左の人物はコンスタンチノープル(コンスタンチノポリス)に関係があるらしい。ユスティニアヌス1世?だろうか。それとも時の王マヌエル2世パレオロゴスだろうか。「緋色の帝衣をまとったマヌエル2世パレオロゴス」の肖像画に描かれた顔に似てるんだけどな・・・。

調べてみるとギリシャ正教司祭、つまり総主教ヨーゼフ2世(Patriarch Joseph II of Constantinople)だという説。ギリシャの「聖なる山」と呼ばれるアトス山の僧侶。第二次ブルガリア帝国の最後の皇帝イワン・シシュマン(イヴァン・シシュマン Ivan Shishman of Bulgaria)の息子。ヨハネス8世パレオロゴスとフェラーラ・フィレンツェ公会議に出席した。



 


ギリシャ教会をローマカトリックの司教の下に統一するためのフィレンツェ公会議の決議に署名したマヌエル2世はコンスタンチノープルの市民の怒りを買う。コンスタンティノポリスを中心とする東方正教会は、ご存知のように現在も東西に分かれている。

さらにルクセンブルク朝の神聖ローマ皇帝ジギスムント(Sigismund 1368-1437)という説がある。ジギスムントは1414年にコンスタンツ公会議を開催して、ローマ教会の再統一を果たした。ちなみにミュシャ(ムハ)の「スラヴ叙事詩」の場面に描かれているヤン・フスを火刑に処してしまったのがこの人。



 



Procession of the Oldest King (west wall)


この老王の行列のなかに、ジュリアーノ・デ・メディチが描かれている。パッツィ家の陰謀(黒幕はフェデリーコ?)で暗殺される。



 



Adoration of the Magi 1423 (Detail)
東方三博士の部分の行列と「山上の行列」の比較
ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(Gentile da Fabriano)




ジュリアーノが描かれたこの作品の右端に猿が描かれているが、その猿の隣の3人は、マーソ・デジ・アルビッツイ(Maso degli Albizzi), ジーノ・カッポーニ(Gino Capponi),  ニッコロ・ダ・ウッツァーノ(
Niccolo da Uzzano)。


記事 パッツイ家の陰謀 モンテフェルトロの陰謀 ジュリアーノ・デ・メディチの血の日曜日

そこの三賢者のエルサレムの旅には、画家ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(Gentile da Fabriano)に倣った作品だと何かに書いてあった。



 


ここにはベルナルド・ジューニ(Bernardo Giugni), フランチェスコ・サセッティ(Francesco Sassetti), アーニョロ・タニ(Agnolo Tani), たぶんディエティサルヴィ・ネローニ(perhaps Dietisalvi Neroni)、ルカ・ピッティ(Luca Pitti)、ロベルト・ディ・ニコロ・(Roberto di Niccolò Martelli)、パッラ・ストロッツィ(Palla Strozzi)らが描かれているらしい。

つまり、ここにはのちに反メディチでピッティの陰謀事件の首謀者たちが描かれていることになった。この作品から3年後のこと。



 



要人達


ちょうどそのジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの「東方三博士の礼拝」で、王にたとえられたパッラ・ストロッツィ(Palla Strozzi)も描かれているらしい。この中の誰なんだろう。


青い帽子の男は、ちょっと見のカンはジベノッツォ・ゴッツォリに似てるって思った。

追記
この青い帽子の人物はジベノッツォ・ゴッツォリの自画像(B.Gozzoli, Proc. o. Kings, self portr)だった。

「要人たち」の画像で、その上の人物が、僕的にはフランチェスコ・サセッティ(Francesco Sassetti)、ちょっぴりしか見えない顔を飛ばして、こちらを向いている人物が反メディチのルカ・ピッティ(Luca Pitti ピッティ陰謀事件の首謀者として利用された人物)だと思われる。

でもね、よく見る肖像画と違う。この作品はまだみんな若いし。


 



Adoration of the Magi 1423
東方三博士の礼拝
Gentile da Fabriano




パッラ・ストロッツィ(by Gentile da Fabriano)




ちなみにジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(Gentile da Fabriano)が描いた彼の顔と比べてもわからない。


この老王の行列は、カスパール(Casper-没薬-将来の受難である死の象徴、老人の姿の賢者)を象徴している。将来の受難である死の象徴。ジュリアーノの後ろから、王は従者に没薬を持たせ行進する。それは、ジュリアーノの受難を予言しているように。

記事 
パッツイ家の陰謀 モンテフェルトロの陰謀 ジュリアーノ・デ・メディチの血の日曜日





僕が気になるのはこの後ろ向きの人物。先頭の馬に乗るジュリアーノより豪華な衣装を身に着けている。何者だろう。馬の装飾も豪華。


 



幼な子キリストの礼拝 (L'adorazione del Bambino)
フィリッポ・リッピ(Fra Filippo Lippi)の作品の模写
copia della natività di filippo lippi
ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ(Pier Francesco Fiorentino)


ベルリン美術館にあるフィリッポ・リッピの「幼子キリストの礼拝」を模写したというフィオレンティーノの作品。

Maria, das Kind verehrend, mit dem Johannesknaben und dem Hl. Bernhard (Die Anbetung im Walde)

幼子キリストの礼拝
フィリッポ・リッピ(Fra Filippo Lippi)
ベルリン美術館(Staatliche Museen)


こちらがフィリッポ・リッピの作品。「幼子キリストの礼拝 Maria, das Kind verehrend, mit dem Johannesknaben und dem Hl. Bernhard (Die Anbetung im Walde)」でドイツ語表記のタイトル。ベルリンだからね。


 
中央のこの作品の両側には次のフラスコ画がある。羊飼いの宵越しと楽園の天使たち。ベノッツォ・ゴッツォリは、この作品は「福音書」のとおりに描いているという。





Mediateca di Palazzo Medici Riccardi
The Chapel of the Magi

動画はこちら
Firenze - LA CAPPELLA DEI MAGI di Benozzo Gozzoli nel Palazzo Medici-Riccardi

※たぶん間違いだと思うけど、若い王の行列でロレンツォ・デ・メディチにカスパール(Casper)、老王の行列でメルキオール(Melchior)と表示されていた・・・。

ちなみにサン・マルコ修道院美術館(San Marco)にあるベノッツォ・ゴッツォリ(Benozzo Gozzoli)の「東方三博士の礼拝」(Adoration of the Magi)は、こちらの記事から

記事 フラ・アンジェリコ 6枚の受胎告知(Annunciation)

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