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Karl Lagerfeld

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ダンテの神曲 地獄編トピック
ダンテ 神曲 / SAI



「ダンテの神曲」 by ドメニコ・ディ・ミケリーノ
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
右手はフィレンツェ、左には天国と地獄


サンドロ・ボッティチェッリ(Sandro Botticelli)も描いたのは、ダンテ・アリギエーリ(Dante Alighieri)の「神曲La Divina Commedia」の挿画。

ダンテの神曲は、山川丙三郎訳、そしてarei が買った平川祐弘訳、楓のダンテ小説版を最近まわし読みしていた。

ダンテはわざわざ「大衆の読み物」を書いたはずが、日本の翻訳者は「知識層の読み物」にしてしまった。まぁ、ある程度の歴史や聖書、神話などの知識があればなお面白く読めるが、大げさすぎる。

正直いうと少年ジャンプ(息子が読者)の「トリコ」を参考にすれば、神曲に登場する師と仰ぐウェルギリウスがトリコ、そして森に迷ったダンテを小松くんって感じなんですが。

ダンテは女性や子供までも洗脳するつもりだったと思うから。

たぶん戯れ歌で流行るように「三韻句法」(テルツァ・リーマ)の詩型を思い立ったのかも。

TS・エリオットも「(略)初めはそんなことは考えないほうがいいのである。」というように、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」に比べて原語で読まなきゃまったく意味がない文章が多いわけじゃない。

さて今回は僕が知っているボッティチェッリの作品や登場人物などをトピックする。

ちなみに地獄編は34歌まで。「三位一体」を表現した聖数3は、煉獄編、天国編と33×3+1で構成されて、+1が最初の第1歌の総序となる。





Dante’s Divine Comedy Inferno I
by Sandro Botticelli


1歌は35歳のダンテが暗い森に迷い込み、豹、獅子、牝狼に遮られる。lonza(豹)、leone(獅子)、lupa(牝狼)は悪魔ルシファー(Lucifer)のLであり、神をLと呼ぶその反世界の三位一体である。

懐かしい「DEATH NOTE」のLと反世界の夜神月のlightのLと同じことだ。

この悪の三位一体を象徴する獣から、古代ローマの詩人プブリウス・ウェルギリウス・マロ(Publius Vergilius Maro 紀元前70年-紀元前19年)があらわれ、ダンテを導くことになる。

このウェルギリウスが導くことのはじまりは第2歌で語られる。

それはダンテが恋をしていたベアトリーチェだ。感情の行き違いからほとんど会話をすることもなく互いに別な伴侶を得て、後に彼女が夭折したことを知り、ダンテは彼の詩のなかでベアトリーチェを再生する。

「新生」、そして「神曲」にベアトリーチェが生きているわけだ。



Beata Beatrix, 1871-72 Dante Gabriel Rossetti The Art Institute of Chicago

ベアトリーチェ Beata Beatrix, 1871-72 ダンテ 「神生La Vita Nuova)」
by ダンテ・ガブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti)



「マントヴァの親切なお方、あなたの名はいまも世に知られております。

わたしの友で運のない人が人気のない浜辺で道をふさがれて難渋し、恐れのあまりもと来た方へ引き返そうとしております。

あなたの雄弁で説き伏せて、救えるものならどうかして救ってやって、わたしを喜ばせてくださいませ。

あなたに使いをお願いするわたしはベアトリーチェでございます。」

ダンテを運のない人と言っている。言わせている。

フランスのディドロやヴォルテールもこのやり口を模倣した。





オーギュスト・ロダン作 地獄の門(神曲 地獄篇第3歌)


3歌より

Per me si va ne la città dolente,
per me si va ne l'etterno dolore,
per me si va tra la perduta gente.       

Giustizia mosse il mio alto fattore;
fecemi la divina podestate,
la somma sapïenza e 'l primo amore.       

Dinanzi a me non fuor cose create
se non etterne, e io etterno duro.
Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate'.

我を過ぐれば憂ひの都あり、
我を過ぐれば永遠の苦患あり、
我を過ぐれば滅亡の民あり
義は尊きわが造り主を動かし、
聖なる威力、比類なき智慧、
第一の愛我を造れり
永遠の物のほか物として我よりさきに
造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、
汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ
(山川丙三郎訳)

この神曲の「三行連句が三連に連なって」という例題によく使われる地獄の門の碑文





Dante’s Divine Comedy The Abyss of Hell 1480s
by Sandro Botticelli


これがボッティチェッリ作「地獄の見取り図(地獄図)」だ。地獄編第四歌は、善良だがキリスト教の洗礼を受けなかった者の魂が落とされている辺獄(リンポ)には、大詩人たち、高名な学者たちがいる。

ここではダンテを導く師のウェルギリウスのほかホメロス、ホラティウス、オウィディウス、ルカヌスがそろう。

ダンテを第6番目の詩人として向かいいれた彼らとともに光のあるほうへ歩いていくと、高い城壁が七重に城を取り巻いている。その高貴の城が右上に描かれている。

ラファエロが描いた「アテナイの学堂」の集団肖像画に描かれている人物がいる。この記事は昨年末の「
ルイス・キャロル アニー・リーボヴィッツからユークリッド」で、記事のちょうど半分くらいのところにあります。

ダンテが神曲のなかでみかけるのは、ソクラテスプラトン、デモクリスト、ディオゲネス、アナクサゴラス、ターレス、エンペドクレス、ヘラクレイトスゼノン、ディオスコリデス、オルペウス、キケロ、リノス、セネカ、ユークリッド、プトレマイオス、ヒポクラテス、アヴィチェンナ、ガレノス、アヴェロエス。

下線の人物は「アテナイの学堂」にも描かれている。画面はクリックで全体像にかわるので興味のある方はどうぞ。


5歌のあるシーンは画家たちが好んだ題材だ。




Giuseppe Frascheri
Dante e Virgilio incontrano Paolo e Francesca, 1846


アレクサンダー・カバネル(Alexandre Cabanel )、ジョージ・フレデリック・ウォッツ (George Frederic Watts)、ガエタノ・プレヴィアーティ(Gaetano Previati)など18世紀、19世紀にもわたり描き続けられている。



Mosè Bianchi, Paolo e Francesca, 1877

 
歌劇「パオロとフランチェスカ」はイタリアでは度々お目にかかれるくらいだ。ダンテらを描きこんでいる作品は意外に少なく、ダンテの神曲から一人歩きしている。

中世好きなジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル(Jean Auguste Dominique Ingres)は、「ホメロス礼賛」、「レオナルド・ダ・ヴィンチの死」そしてこの「パオロとフランチェスカ」までも描いている。




ボッティチェリ ビーナスの誕生より 西風ゼフィロスとフローラ

パウロとフランチェルカのように抱き合い空を飛んでいる



ダンテの神曲の地獄にいる二人、書物を二人で読んでいるシーン、そして夫が二人を殺そうとしている場面、二人が殺されている場面など非常に多い。

さて第2圏谷に入ったわけだが、ミノス(ミーノース、ミーノス)が罪に応じて尾を身体に巻いた数に応じて魂をそれぞれの圏谷へ落とす。

ここ第2圏谷は愛欲者の地獄だ。アッシリアの女帝セミラミス、伝説上の女王ディド、そしてあのクレオパトラ、トロイア戦争の発端となる美貌のヘレナ、そして死後も二人同じ地獄にいる「パオロとフランチェスカ」だ。




ランスロットとグィネヴィア王妃
騎士の叙任 1901年
by エドモンド・ブレア・レイトン(Edmund Blair Leighton)



アーサー王物語に登場する騎士ランスロットが、王の妃グィネヴィアと愛するようになるくだりを義弟パオロと読んでいるうちに愛し合うようになったという二人。ランスロットとグネヴィアをとりもったガレオット。そのガレオットの書いた本を読んだ。ガレオットはここでも二人を不幸にも取り持った。

1275年頃リーミニの城主ジャンチオット・マラテスタに嫁いだ。見合いの相手は弟パオロで不具だったジャンチオットが夫だと知ったのは輿入れをした時だった。

パオロとフランチェスカは不意を襲われ、ジャンチオットに殺された。ジャンチオットは地獄のどこにいるのだろうか。

フランチェルカはダンテに言う。「わたしともの命を奪ったものは必ずやカインの国へ堕ちるでしょう」と。

弟アベルを殺したカイン。人類初めての肉親殺しだった。






Dante’s Divine Comedy Inferno XII
by Sandro Botticelli?



12歌は崖の降り口に人身牛頭(ミノタウロス)が横たわっている。その崖の下には半人半馬(ケンタウロス)が矢をつがえて近づいてくる。赤い血の川のなかで暴君らが熱湯責めにされている。この川がフレジェトンタ(プレゲトン)。第7圏谷の三つの同心円の第1となる。

この第1の環は隣人に対する暴力で、第2の環は自己に対する暴力 (自殺者は樹木となりアルピエに葉を啄ばまれる。)第3の環は神と自然と技術に対する暴力で神や自然の業を蔑んだ者と男色者に対する地獄がある。

この第1の環のフレジェトンタ川にいる暴君はアレクサンドロス大王(Alexander the Great 紀元前356 - 323)とディオニシウス1世(Dionysius I of Syracuse 紀元前430-367)となっている。



この作品は「アレクサンドロス大王とポロスのヒュダスペス河畔の戦い(紀元前326年)」(シャルル・ル・ブラン作 1673年)で、この絵を描かせたのはイ14世。ダンテの神曲で暴君として刑罰を受けているアレクサンドロス大王を、17世紀のフランス国王は、自分の姿を投影させた。数々の伝説のほかアレクサンドロス大王はアリストテレスの講義を受け続けるなどの面も備えていた。


この作品は19世紀フランスの画家フリックス・オズレー(Felix Auvray )の「ダモクレスの剣」だ。ディオニシウス1世(走れメロスの暴君ディオニシウス2世説もあり)に仕えた廷臣ダモクレスが王の境遇を羨望しているのを、豪華な宴の天井に吊るした剣で「常に命の危険に晒されている境遇」を説いたという。ダモクレスの剣 (Sword of Damocles)はヨーロッパでの譬えに用いられている。


半身半馬のネッソスは、アッツォリーノ、そしてオピッツォ・ダ・エステを見て、そのフェラーラ侯オビッツォ2世が人でなしの息子の手によって扼殺されたことを語る。それを聞いたウェルギリウスはダンテをみて、「彼をして汝の第一とせよ、われは第二なり」と言った。

デカメロンの著者ボッカチョによる注釈では、「この句はウェルギリウスがネッソスに信頼を置いたもの」とした。

最後には当時の有名な強盗の二人組みの名もでてくるが、ネッソスが一人離れている亡者を語った。

その句を知るためには13世紀のイングランドを思い出そう。

シモン・ド・モンフォールはヘンリー3世時代に名を残した貴族だ。ヘンリー3世との対立に王の弟弟コーンウォール伯リチャードは和解をさせたが、その後バロン戦争(1263年)に発展する。




シモン・ド・モンフォール



コーンウォール伯リチャード・プランタジネットは、ルイスの戦いでシモン側の捕虜となった。ヘンリー3世の子・エドワード1世は1265年、シモンに権力が集中しないよう反乱を起こし、ここでシモンは戦死する。

1209年からシモンが指揮をとったアルビジョア十字軍は無差別な殺戮をおこなっているが、不当な権力に反抗する不屈の闘士として英雄視されていて、肖像画や彫像なども残っている。

ダンテらにネッソスか語ろうとしたのは、シモンの遺族あるいは子とされているギー・ド・モンフォール(ガイ・ド・モンフォール)だ。

彼はコーンウォール伯リチャードの息子ヘンリーに、父シモンの死の恨みをはらすために心臓を刺し、その死体の髪をつかみ表まで引きづったという。

この地獄でダンテらを導いている半身半馬のネッソスは「彼は神様のお膝元で心臓を刺した。いまなおテムズ川にその血が滴っている。」という。

聖シルヴェストロ寺院のミサで刺殺されたヘンリーの心臓はロンドン橋の柱のうえに金の櫃に収められ安置されたことを言っている。






Dante’s Divine Comedy Inferno XVI
by Sandro Botticelli



16歌では三人のフィレンツェの亡者が登場する。グイード・グエッラ(グイド・グエラ Guido Guerra V 1220-1272)、テギアイオ・アルドブランディー(1238?−1270 テッギアイオ ・アルドブランディ Tegghiaio Aldobrandi)、ヤーコポ・ルスティクッチ(?−1266 Iacopo Rusticucci)が男色のために破滅。

第6歌でダンテが亡者チアッコに「あれほど高潔だったファリナータやテギアイオ、ヤーコボ・ルスティクッチ、アルリーゴ、モスカなど良い政治をしようと肝脳をしぼった人たちはどこにいるのか、・・・」と聞いていたがここにいた。

火に焼かれた身体、首は絶えず足と逆さまの方向へまわり続ける。第7の圏谷と第8の圏谷の境。

グイード・グエッラ(グイド・グエラ)だけは、現代でも肖像画やサン・ロレンツォ教会の装飾から功績なども知ることができる。

ここで亡者が「グリエルモ・ボルシエーレ Guiglielmo Borsiere)は今こそ仲間といくが、彼の話しを聞くともう腹のたつばかりだ」と話す。




グイード・グエッラ(グイド・グエラ)



グリエルモ・ボルシエーレは、ッカッチョ「デカメロン」第1日第8話にも登場する人物で、これはダンテの神曲に対してボッカッチョは現世に生きる人々を描いた所以から人曲といわれているが、神曲って日本だけのタイトルではなかった?

必ず誰の訳でも注釈にあるもの。ダンテの「神曲」発行された時代に当時8歳だったボッカッチョ。彼が大人になって書いたデカメロンの中にここでは知ることのない登場人物の手がかりがある。だからその部分を参照しろって。

グリエルモ・ボルシエーレを。無駄、だって後世に名が残っていないんだから。

その点チェ・スン(谷島誠・佐藤正人訳)は人間の会話として成り立った小説形式。いちいち注釈がどうのというのが少ない。(注釈が本文中にあるからね)

さてここでダンテが尊敬をもって接する亡者たちが語るには「我ら故郷のフィレンツェの人心は乱れ荒れた風が吹くとグリエルモ・ボルシエーレが嘆かわしいことだと言っていたが。」

ダンテは「彼の言うとおりです。移住してきた成金の傲慢無礼さに多くの人々が苦しみの涙を流しているのです。」

韓国出身のチェ・スンはグリエルモ・ボルシエーレをサラッと流している。僕もこれで十分だと思うけど。






Dante’s Divine Comedy Inferno XVII
by Sandro Botticelli



17歌は第7の圏谷から第8の圏谷へむかうために三頭三体のゲリュオンの背にのるが、ボッテチェリは一頭一体のゲリュオンを描いている。

ゲリュオンの背でダンテは「パエトン(アポロンの息子)が手綱を捨てたときも、−そのために空はいま見るとおり焼けたのだ− またあの哀れなイカロスが熱のために蝋がとけ羽が腰からとけてゆくのを感じた時ですらもいまの私のように狼狽はしなかったにちがいない」とだいぶハラハラしていたようだ。

ここでは火に焼かれている高利貸したちが亡者で登場している。黄色に青い獅子の紋、バターよりも白い鵞鳥の紋がある。パードヴァ出の白地に紺の太った牝豚の紋の財嚢をもった男がヴィタリアーノという男を待っているらしい。




高利貸しの息子エンリコ・スクロヴェーニ
by ジョット・ディ・ボンドーネ







スクロヴェーニ礼拝堂
by ジョット・ディ・ボンドーネ(Giotto di Bondone)



「騎士中の騎士よ、三匹の山羊の印がついた銭いれを持ってこい」と喧しく喚くから耳がつぶれそうだといって、牛が鼻を舐るように舌なめずりをした。

ジョットが描いたフレスコ画がスクロヴェーニ礼拝堂があるが、牝豚の財嚢はスクロヴェーニ家の紋章。

舌なめずりしたその男が高利貸しレジナルド・スクロヴェーニだが、実際はよい噂もあった人物らしい。高利貸しはキリストの教えに反することで、息子エンリコ・スクロヴェーニは一族と父親の罪を浄化するため礼拝堂をつくったという。

騎士中の騎士とは「君主の騎士」ともいわれたジョヴァンニ・ブイアモンテ Giovanni di Buiamonte de' Becchi)だ。

獅子はジャンフィリアッツィ家、白い鵞鳥はウブルアーキ家。





 Andrea di Bonaiuto, dettaglio degli affreschi nel Cappellone degli Spagnoli, Santa Maria Novella, Firenze


ボッティチェリではなく、以前僕が見学したサンタ・マリア・ノヴェッラ教会のアンドレーア・ディ・ブオナイウートのフレスコ画から第18歌をはじめる。

過去記事 サンタ・マリア・ノヴェッラ
ちなみに神曲に対して人曲とされているジョヴァンニ・ボッカッチョ(Giovanni Boccacio)のデカメロンは、このサンタ・マリア・ノヴェッラ教会からはじまる。そのミサはこの教会のフィリッポ・ストロッツィ礼拝堂でおこなわれたことになっている。

さて神曲第18歌。

第8の圏谷は10の悪の嚢(マーレボルジェ)があり、ここでは女衒が裁かれる。(ォルテールらに女衒といわれたンパドゥール夫人もこの地獄に来たのだろうか)

第1の嚢では、アンドレーア・ディ・ブオナイウートのフレスコ画に描かれている鬼が女衒を鞭打つ。



Dante’s Divine Comedy Inferno XVIII
by Sandro Botticelli


エステ家のオピッツオ二世に実妹ギゾラベルザを売り飛ばしたヴェネディーコ・カッチャネミーコが責め苦にあっている。

そしてイアソンがいる。

マリー・アントワネットがストラスブールにて「皇女引渡しの儀」をする館に、当時大学生だった文豪ゲーテが見学にいくと不吉なタペストリーが装飾されていたというのがイアソンの妻メディアの姿だった。

イアソンとメディア
王太子妃 マリー・アントワネット 4つの不吉
さてギリシャ神話で語られているイアソンは、レムノス島のヒュプシピュレー王女を惑わし妊娠させ捨てた。妻メディアとの間に二人の子を授かったが、彼女たちを捨てクレオン王の娘クレウサと結婚をする。メディアは子を殺し、クレウサを毒殺。

つまり女を惑わした男の罪から他の者が罪を犯すというその罪。そうなるとルイ14世はどうだろう。公妾だったモンテスパン侯爵夫人オリンピア・マンチーニが他の愛人らに毒殺を図ったというから。



ボッテチェリ以外の挿画を1枚。ンタ・クローチェ教会を行った方なら知っている画家。



Dante’s Divine Comedy Inferno XVIII
ジョバンニ・ストラダーノ(Giovanni Stradano)

ここは第二の嚢で阿諛者が糞尿にまみれるところ。阿諛追従の過ぎた者にルッカのアレッシオ・インテルミネイ(Alessio Interminei da Lucca)がいる。

誠意のない世辞が過ぎてここにいるそうだ。

そこには古代ギリシャの遊女タイサもいた。詩人テレンティウスの「宦官」で馴染み客がタイサに奴隷をおくる場面で、大袈裟に世辞を伝える。

結局はアレッシオと同じなのだが、ダンテは話を省略しているというが、その時代ではタイサといえば「過度な世辞」といわれるくらいだったのではないか。






Dante’s Divine Comedy Inferno XIX
by Sandro Botticelli



19歌では聖職者売買の徒が罰せられている。

逆さのまま投げ込まれた穴からみえる両足は燃えている。ここでは亡者としてオルシーニ家のジョヴァンニ・ガエターノ( Giovanni Gaetano Orsini )が法王ニッコロ三世( Niccolo` Terzo )となったのは1277年。

財と一族の栄華だけを考えていたニコラウス三世が言うことには「後にくるのはボニファティウス8世、そして教皇クレメンス8世(1305-1314)だ。彼は教皇権までもフランスの王に売った。」

そして皇帝コンスタンティヌス(コンスタンティヌス1世 272年-337年)をダンテは紛糾する。

「おまえはもうそこに来たのか?ボニファチオ?」と喚くニコラウス3世(ニッコロ3世)は第6歌にも登場したボニファティウス8世 (ローマ教皇)の名を呼ぶ。



ボニファティウス8世(Pope Boniface VIII)


1301年にフィレンツェ使節の一人としてダンテはこのローマ教皇に会った。永久追放の判決を受け、亡命生活を余儀なくされたのは、このボニファティウス8世 (ローマ教皇)だ。読者に名を忘れないように再登場させるダンテ。

「端麗王(le Bel、ル・ベル)」と呼ばれたフィリップ4世はアナーニ事件を起こし、このボニファティウス8世を捕らえ憤死に至った。

ダンテはこのときフォルリに滞在していた。地獄編を書き始めたのはこの翌年。

この聖職の売買はシモン(シモニア Simony)の徒についての注釈があるが、要はサマリアの魔術師シモン・マグスがピエトロとヨハネに聖霊の力を金貨で売買しようとしたことから腐敗ははじまったというところ。

皇帝コンスタンティヌスは何をしたか。彼は病が治った引き換えに、彼の財産を寄贈した。そのため財ばかりを欲する教皇たちが誕生したと紛糾したダンテだった。






Dante’s Divine Comedy Inferno XXVII
by Sandro Botticelli



26歌は第8圏谷の第8の嚢。ホメーロスの叙事詩「デュッセイア」のオデュッセウスと兄弟のディオメデスが焼かれている。

「アエネーイス(アエネアス)」を書いたウェルギリウスは「木馬でトロイアを陥落させたがアエネーイス(アイネイアースとも)に道を譲ったようなもの。アキレウスを遠征に連れて死に追いやった。そのためデイダメイアは子を宿しながら自殺した。」と語る。

ウェルギリウスが語ったことが彼らの罪だ。

彼らの炎が沈黙すると、別な亡者グイド・ダ・モンテフェルトロが語る。死後聖フランチェスコが迎えにきたにもかかわらず、奸智狡計のグイドを黒天使が地獄に落とした。

27歌は彼がダンテにロマーニャの政治情勢を問うところからはじまる。

グイドは教皇ボニファティウス八世にコロンナ一家を倒すための欺瞞な献策とひきかえに免償してもらうという取引に応じたため、ここで焼かれているらしい。

ダンテは語る
ロマーニャでは公然のものはなかったが群雄の胸中の戦はなかったためしはない。ラヴェンナではボレンタの鷲があたためチェルヴィアをその翼の下に治めている。そしてフランス兵を屠り血まみれの市は緑の爪の下。モンターニャに悪政をしいたヴェルッキオの猛犬は例の場所で牙を錐にし、ラモーネとサンテルノ云々・・・」

ここで余談
グイド・ダ・モンテフェルトロの子孫はあのェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ。「フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの小書斎」はメトロポリタン美術館でみれるが、地獄に堕ちた子孫は繁栄を極めている。ちなみに息子のボンコンテ・ダ・モンテフェルトルは煉獄第5歌に。
グイド・ダ・モンテフェルトロ(1223-1298)は地獄に落とされる前、つまり生前の話だが皇帝派と教皇派は争っていた時代。

彼の時代はフリードリヒ2世(神聖ローマ皇帝 1194-1250)と教皇グレゴリウス9世が争っていた。モンテフェルトロはフリードリヒ2世の助言者であった占星術師グイド・ボナッティ(Guido Bonatti ?~1296,1300)から、グイドも予言を受けていたのだろうか。

皇帝派の砦であるフォルリの市をダンテはロマーニャの中心都市としているようだが、そのフォルリで1282年、グイド・ダ・モンテフェルトロはフォルリ軍を率いていた。この頃はホーエンシュタウフェン朝も終焉をむかえ、シチリア王はフランス王族であるアンジュー家のシャルル・ダンジューが支配。





シチリアの晩祷
フランチェスコ・アイエツ(Francesco Hayez )



グイド1世・ダ・モンテフェルトロはすでに民衆隊長の地位にあった。

グイド・ダ・モンテフェルトは、この年ここを後にするが、「シチリアの晩祷」で虐殺されたフランス人の塚が築かれたのがこのフォルリだ。

彼はフランス人の血まみれの塚を見た後に立ち去ったのだろうか。

この虐殺されたフランス人は、シチリア王シャルル・ダンジューの阻止のためミカエル8世がシチリア住民の反フランス感情を煽る「プロバガンダ」を行っていたからだ。

1282年、「シチリアの晩祷」といわれる住民暴動と虐殺はこうして起きた。

「緑の爪の下」におさまるまでフォルリは、シモーネ・メスタグエッラ(Simone Mestaguerra)が君主になり、次はマギナルド・パガーニ(Maghinardo Pagani)、そしてウグッチオーネ・ファッジュオラ(Uguccione della Faggiuola)と続き、緑の爪といわれたオルデラッフィ家(en:Ordelaffi)が権力を握ったのは1302年のこと。このときにダンテはフォルリのスカルペッタ・オルデラッフィ(Scarpetta Ordelaffi)のもとにいた。

つぎにダンテが語った「モンターニャに悪政をしいたヴェルッキオの猛犬」の猛犬は、山川氏は「古き犬、新しき犬」と訳しているところで、第五歌のパオロと兄ジャンチオットの父マラテスタ・ダ・ヴェルッキオと異母兄マラテスティーノの二人のことで悪政をしいたところは所有していたヴェルッキオ城だと言っている。

さてひとつ抜けた。
「ラヴェンナではボレンタの鷲があたためチェルヴィアをその翼の下に治めている」

これはパオロとともに殺されたフランチェスカの父グイド・ダ・ポレンタのことで、ポレンタ家の紋章が鷲。鷹は羽ぐぐみ、仁慈な統治でチェルヴィアまで治めているということだ。






Dante’s Divine Comedy Inferno XXIX
by Sandro Botticelli



29歌は第9の嚢へと進む。そこでは生前に中傷分裂をこととした人々が一刀両断にされている。マホメット、アリー、ドルチーノ卿、ピエール・ダ・メディチーナ、クリオ、モスカ、ベルトラン・ド・ボルン。

ベルトラン・ド・ボルンは自分の首を片手にもち、首のないまま歩いていく。

ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ(モハメッド、マホメット)は、「さぁ、俺が俺の体をどうやって引き裂くか見ておけ!(略)俺の前を泣きながら行くのはアリーだ。」




ムハマンドの説教(Muhammad preaching)
by Grigory Gagarin



預言者ムハマンドはダンテの時代はキリスト教を分裂させた。

そして真っ二つの愛娘の婿アリー。ひとまわりして鬼の前にさしかかるまでに傷口はみな閉じてしまう。だが喉もとを切られたもの、内臓がとびだしたものなど血に滴リ染まる。

ドルチーノ卿。ドルチーノ・デ・トルニエルリ(Fra Dolcino)はウンベルト・エーコの「薔薇の名前」にも、ジョヴァンニ・ヴィッラーニ(Giovanni Villani)の「新年代記(Nuova Cronica)」にも名が挙がる人。




捕らわれるドルチーノ修道士とマルゲリータ(キリストの妹)



そして歴史上において名が残る者に、ガイウス・スクリボニウス・クリオ(Gaius Scribonius Curio, 紀元前90 - 49)がいた。

グナエウス・ポンペイウスとガイウス・ユリウス・カエサルの内戦にクリオは両者の争いを止めるように働きかけたが果たせなかった。

「賽は投げられた(Jacta alea est.)」と言って渡ったルビコン川。けしかけたのはクリオ。ルビコン川を越えたカエサルはポンペイウスを討つ。

ちなみに僕が幼少のころ、ジュリアス・シーザーって言っていた。




ルビコンを渡るカエサル(Caesar crossing the Rubicon)



喉笛を切られているのに話すからあたりに血のしぶきが飛ぶ。その喉から話す男はピエール・ダ・メディチーナ(Pier da Medicina)だ。イタリア共和国エミリア=ロマーニャ州ボローニャ県のイーモラ(Imola)あたりの名門の出。

隻眼の裏切り者マラテスティーノ マラテスタ(Malatestino Malatesta)に気をつけろと彼らに伝えてほしいという。

隻眼の裏切り者とはフランチェスカと共に兄に殺されたパオロの家系。異母兄のマラテスティーノのことだ。

さてピエール・ダ・メディチはなぜこの第9の嚢にいるのか。

それはこの物語に何度となく登場するフランチェスカの実家ポレンタ家(Polenta)と嫁ぎ先のマラテスタ家(Malatesta)を反目させたからだ。




The Severed Head of Bertrand de Born
by ポール・ギュスターヴ・ドレ(Paul Gustave Doré)



ベルトラン・ド・ボルン(Bertran de Born, 1140年頃 - 1215年)は領地の相続をめぐって兄弟と争いを起こしている。この吟遊詩人は若王ヘンリーを唆しイングランド国王ヘンリー2世と反目させた。

「私は若王を唆したベルトラン・ド・ボルン。(略)アヒトペルにしてもダビデとアブサロムをこうは仲たがいさせなかった。」

この世の悲しみも苦しみもその悲嘆も
この世にある傷や痛みやその悩みも
この世の惨めな男が知るところでも
それが軽き事のみに思えることは
かの若きイギリス王の死と比べれば by ボルン

ボルンは地獄の罰も因果応報と言って断たれた首を手に下げている。






Dante’s Divine Comedy Inferno XXXI
by Sandro Botticelli



31歌は角笛の響きの方へいくと、地獄の第九圏谷には神々に戦いを挑んだ巨人たちが半身を埋められ、上半身は鎖で縛られて、崖の内側をぐるりと取り巻いている。亡者にはニムロドやエピアルテス、アンタイオスだ。

バベル(混乱)の塔を建設した王ニムロド(ニムロデNimrode) は、マラド(marad)「彼は背いた」という言葉に由来しているとおり、人が神を信仰するのを遮り、地上で最初の権力者となった。

このニムロド(ニムロデ)は、アッシリアの王トゥクルティ・ニヌル2世(紀元前891-紀元前883)タやエンメルカルが推定されているが、エンメルカル(Enmerkar)は伝説的な王(ウルクの初代王)。

いずれも神崇拝を妨げたとされる「尊崇の対象となった王」たちで、トゥクルティ・ニヌル2世は各地の反乱を鎮圧しアッシリアの基礎を築いた。ニムロデは「我が頼るのはニヌルタ神」という意がある。エンメルカルは粘土板の上に初めて文字を記したとされているが、先にも書いたように極めて実在性が低い人物。

Ephialtes(エピアルテス、イフィアルテス、エフィアルテス、エフェレス)は、ギリシャ神話から実在した人物までひろく存在しているが、ここではギリシャ神話の巨人たち(ティテュオス、テュポン(テューポーン)、ブリアレオース、アンタイオス)のひとり。





Dante’s Divine Comedy Inferno XXXIV
(部分) by Sandro Botticelli


34歌の悪魔大王。ユダの国ジュデッカと呼ばれ裏切り者が氷浸けにされる。ユダ、ブルトゥス(ブルータス)、カシウスの3人を悪魔大王は噛み砕いている。3つの顔、6枚の翼を持っている。

サルバドール・ダリ(Salvador Dalí)は、ひとつの顔にひとりの亡者を噛み砕いている。その額に剣がささった
悪魔大王を描いている。

Íamos, eu atrás, ele adiante,
quando, por uma fresta, as coisas belas
nos sorriram, do espaço deslumbrante:

E ao brilho caminhamos das estrelas.

最後はステラで結ばれている。
「ふたたび空の星を仰いだ」と邦訳ではなっている。

追記
aleiがずいぶん前に神曲地獄篇のカバーの絵の記事を書いていた!(笑)

ダンテ 神曲 地獄篇 ルカ・シニョレッリのカバー
時間をかけて続き書くから。って記事にあったけど、僕書いちゃった。
書いてたのかい?

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オルヴィエート大聖堂サン・ブリツィオ礼拝堂にある&nbsp;Luca Signorelli(ルカ・シニョレッリ/ルカ・シニョレルリ) 「Damned Cast into Hell」(罪されし者を地獄へ追いやる天使)がカバー。 原題はLa Divina Commedia 「神聖なる喜劇」だ。 やっぱり新生訳だ
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