
数年前のことだが、僕はヨーロッパに仕事で行くことになった。イギリス、イタリア、フランスなど各地を行ったが、alei も 楓 も、自分が行きたいところだけを記憶しているため、僕の行き先は「イギリス」、あるいは「イタリア」と、それぞれ勝手な解釈をし、「あそこに行ってきて」という。KEIとTAKUだけは、何も言わない。助かりました。
修道士の医療活動が原点の薬舗で、1612年に一般にも開放され、数年で400周年をむかえる。前身の修道僧らは13世紀初めだという。そうすると800年ちかくの歴史があるということだ。
写真は聖二ッコロ礼拝堂内のカウンターの両脇に立つブロンズ像。(wikiにも編集され店内画像もみれるので、詳しく知りたい方はどうぞ。)
そして「四大陸を知らしめた薬局」という天井画に描かれた四人の人物。ここから右手の奥の礼拝堂のようなところ(聖具室かとも)に進むと最後の晩餐があったらしい。そんなのは知らなかった。帰国してから調べたがよくわからない。もしかしてフレスコ画の一部を言っているのかな。

教会の聖具室には、マリオット・ディ・ナルド(Mariotto di Nardo)のフレスコ画にもお目にかかれた。画像の左右がフレスコ画のコピー画で、中央は礼拝堂内の薬局の天井画。パオリノ・サルティ(Paolino Sarti)の手によるもの。
マリオオット・ディ・ナルドのフレスコ画はキリストの生涯を描いており、最後の晩餐、十字架を担うキリスト、キリストの磔刑などが描かれていた。そのフレスコ画に沿って展示物が置かれている。左は聖ニコラウスの奇跡を描いている。聖ニコラオスの死後の不朽体から癒され人。右が「我に触れるな」だと思う。

写真にあるのは、薬品を保存するアルバレッロという壷で、このアルバレッロが随分と陳列されていた。エルボリステリーアとショップは微妙に違う。エルビリステリーアは薬草専門で別。
さて、この薬局の背に建つのがサンタ・マリア・ノヴェッラ教会だ。キオストロ・ヴェルデとスパニョーリ礼拝堂、レフェットーリオ(美術館)が見学できる。 ここはレオナルドがモナリザを描くために滞在した「法皇の間」があり、そしてボッティチェリの作品も残っている。
Tornabuoni Chapel
ドメニコ・ギルランダイオのフレスコ画は
洗礼者ヨハネ(St. John the Baptist)の生涯(1486-90)を描いたもので、左は「ツァハリアスの前に現れる天使」で右は「洗礼者ヨハネの誕生」だ。
システィーナ礼拝堂にあるサンドロ・ボッティチェリ の「
キリストの試練」の右側手前の頭に木枝をのせている女性と、ドメニコ・ギルランダイオの描く右側の白いドレスの女性が似ている。頭に籠をのせている。(クリックで大きな画像で確認してください。)

ドメニコ・ギルランダイオ 画像は大きくなります。
左「ツァハリアスの前に現れる天使」 右「洗礼者ヨハネの誕生」
ボッティチェリと礼拝堂の壁画を制作したドメニコ。二人の共通点をみることができる。左の「洗礼者ヨハネの誕生」はボッティチェリの「
東方三博士の礼拝(The Adoration of Magi)」で自画像やメディチファミリーを描いているが、ドメニコはこの作品でトルナブオーニファミリーを描いている。そして鑑賞者へ注ぐ視線も共通している。
ボッティチェリの「キリストの誕生」はこちら
サンドロ・ボッティチェリ サン・バルナバ、そしてサン・マルコの祭壇画
記事の一番下にサンタ・マリア・ノヴェッラ教会の「キリストの誕生」の作品掲載

このドメニコ・ギルランダイオのフレスコ画のほかの作品に、「
聖母マリアのエリザベツ訪問」、「
ツァハリアスの息子ヨハネの命名」、「
説教する洗礼者ヨハネ」、「
キリストの洗礼」があり、一番上に「
ヘロデ王の晩餐」が位置している。ミケランジェロも助手として加わっている。そして「
荒野にでるヨハネ」だ。
この大礼拝堂は4つのテーマに分かれていて、洗礼者ヨハネの生涯のほか、聖母マリアの生涯(9作品)、中央にはドメニコ派と施主(4作品)、4伝道師(聖マタイ、聖マルコ、聖ルカ、聖ヨハネ)が描かれている。→下記 wiki リンクより鑑賞してください。
左壁面の聖母マリアの生涯は、「
神殿から追い出される聖ヨアヒム」、「
聖母マリアの誕生」、「
マリアの神殿参り」、「
聖母マリアの結婚」、「
受胎告知」、「
東方三博士の礼拝」、「
ヘロデの嬰児虐殺」、上段が「
聖母被昇天」だ。 そして「聖母マリアの戴冠」となる。
この二つの物語をのぞいたステンドグラスの他作品に、「寄進者夫妻」と「殉教者ペテロの暗殺と聖ドメニコの奇跡」がある。
キリストの立つ祭壇の木製の聖歌隊は
バッチョ・ダーニョロ (Baccio D'Agnolo)の作品。
ピエロ・ディ・テデスコの復活祭のキャンドルなど、小さなインテリアにも名の残っている彫刻家の作品などが随所にある。
このトルナブオーニ礼拝堂の内部、作品について、くわしく知りたい方は wiki を参考にしてほしい。→Tornabuoni Chapel

さて、手前の祭壇にキリストを抜け、左翼廊の「三位一体」、正面(入り口)壁面のジョットのキリスト磔刑を見る。初期の作品らしい。左右に人物画。
Cappellone degli Spagnoli
Giotto
Crucifix - 1290
サンタ・マリア・ノヴェッラの礼拝堂の随所にジョットのようにさりげなく(すごく大きいので、落ちてきたら怪我どころではないと思う)装飾されているもの、置かれているものを見逃すこともある。また、修復や貸し出しのため、鑑賞できないものもなかにはある。

ゴンディ礼拝堂のフィリッポ・ブルネレスキによる木製のキリストの磔刑がある。残存する唯一の木製の作品らしい。
Filippo Brunelleschi The Crucifix (between 1410 and 1425)
ドナテッロとの磔刑像の話しは
removeで。
ベルナルド・ロッセリーノ(Bernard Rossellino)の天上の人々の墓石(
Tomb of Filippo Strozzi (1491) at the backside of the Strozzi Chapel)、ベネデット・ダ・マイアーノ(Benedetto da Maiano)による墓石、アンドレア・ピサーノ(Andrea Pisano)の息子ニーノ・ピサーノの
聖母子像など、あとで「そうなんだ」と理解するし、帰国してから鑑賞していないと思われる作品がでてくる。
ここは、いくつもの料金が設定されているので、とにかく一度に入場料を支払ったほうがよい。
それから、旅行なら確実に開館している時期のほうがよい。それと開館時間が短い。ゆっくり鑑賞するより、ぐるりと回った方が料金分が損をしない。行って鑑賞できなかったという時期の話しはよく聞く。でも、閉館に無料で鑑賞したという人もいますし、運ですか。
メインとなる礼拝堂が、トルナブオーニ礼拝堂になるので、そこまでの廊下の左右にいろんな作品がかかっているわけだ。
Giorgio Vasari
レオナルド・ダ・ヴィンチの未完成の壁画「アンギアーリの戦い」と、ミケランジェロの未完成の壁画「カッシーナの戦い」の上に描いたとされているジョルジョ・ヴァザーリの「聖母の祈り」(1568)のディティール。

メモを取っても意味がなかったりする。そのときのサインがあとになって理解できないメモなので、どちらの作品がどちらの作家だったのかがわからなくなる。ゆっくりネットで検索すればわかるだろうと思っていたが甘かった。左は「キリスト昇天」だったと思う。
Cappella Rucellai
アレクサンドリの聖キャサリン
ジュリアーノ・ブジャルディーニ
(Giuliano Bugiardini)
教会の作品は、現在は違う美術館にあるというものもある。ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ(Duccio di Buoninsegna)の「ルチェライの聖母(聖母と六天使)」が、なぜかジェス・バンビーノ(Gesu Bambino)の「聖母子」ともなっている教会HP。ウフィツィにある。
サンティ・ディ・ティト(Santi di Tito)の「受胎告知」は1576年と1602年のものと、ネーリ・ディ・ビッチ(Neri di Bicci)の「受胎告知」がこの教会にある。
ラーマ家礼拝堂跡 「受胎告知」
アーニョロ・ガッディ(Agnolo Gaddi)
かかりつけの歯医者に置いてある本棚の「図説シリーズ」(1998年出版)に、14世紀の無名の画家で紹介されていた。間違いなくアーニョロ・ガッディ。左側の装飾部分を削っているのでディティールとしてみてください。
10年前までは日本で無名とされていた画家の「受胎告知」だが、もともとのラーマ家礼拝堂に装飾されていたのはボッティチェリだった。
東方三博士の礼拝 1475
ボッティチェリ
自画像とメディチ一族を描きこんだ作品
つまり、最初にボッティチェリの「キリストの誕生」をリンク先から見ていただいたと思うが、ラーマ家の上層部を装飾したのがその作品で、19世紀になってから現在の教会内の正門の上に移動された。
そして、「東方三博士の礼拝」は現在ウフィッツィにある。そもそもラーマ家にこの作品があったのは、パッツィ家陰謀事件のあとで、メディチ派であることの象徴としてボッティチェリに依頼したらしい。その後メディチ家の別荘に飾られ、ギルランダイオ作になり、カルロ・ピーニの鑑定で再びボッティチェリとされた。いわくのある場所と作品だ。
このフレスコ画がマサッチオ(Masaccio)の作品 で「三位一体」。横たわる骸骨とキリストが遠近法で描かれているという。教会の正面祭壇から左翼廊のスパンにある。この作品の左の演壇がアンドレア・カヴァルカンティ(Andrea Cavalcanti)かフィリッポ・ブルネレスキ(Filippo Brunelleschi)よるもの。(曖昧なメモのため)
Refectorium
もと食堂だった室内には修道服のようなものが展示されている中、ようやく「最後の晩餐」を見かけることができた。

アレッサンドロ・アッローリ(Alessandro Allori)のフレスコ画にアンドレア・ボナイウート(Andrea Bonaiuto)の「聖母子と聖人たち」の作品がかけられていたが、右のアッローニの最後の晩餐(1854)がかけられている画像がwikiにある。つまり二つの作品はアフター・ビフォアというわけらしい。

アンドロ・アッローリの作品はむかって右壁にある。アンドーレア・ブオナイウート(アンドレア・ボナイウート)は、大作のフレスコ画をこの教会のスパニョーリ大礼拝堂に描いている。プローティラ・ネリ(Plautilla・Nelli)の最後の晩餐は、ユダの位置を、食卓の手前にした図。これは付属美術館のHPから小さいがごらんいただける。この人はシスター。
アッローリの作品はここでは結構多い。「善きサマリア人」、「サン ジャシント」(聖ヒヤシンス)、見学できないキオストロ・グランデのフラスコ画。
Papal Chapel

とんで歩いて申し訳ないが、ヤコポ・ダ・ポントルモ(Jacopo da Pontormo)の初期の作品で、キリストの汗だかを拭くと顔が浮かび上がる白布を持つあの「ヴェロニカ」(1515)と、右はラファエロの友人でもあるリドルフォ・デル・ギルランダイオ(Ridolfo del Ghirlandaio)の「聖母の被昇天」だ。聖母戴冠のほうがしっくりくる作品。場所は 「Papal Chapel in Santa Maria Novella」となっていたが、「Cappella dei Papi」と呼ぶらしい。教皇礼拝堂。
Filippo Strozzi Chapel

教会のフィリッポ・ストロッツィ礼拝堂にはフィリッピーノ・リッピ。祭壇画、壁面には聖フィリポと伝道師(福音書史)ヨハネを描いている。フィリポ(ピリポ)は神話の古代都市ヒエラポリスに登場。
このステンドグラスもフィリッピーノのデザインによるもの。
ジョヴァンニ・ボッカッチョ(Giovanni Boccacio)のデカメロンは、教会のミサに集まった7人の枠物語だが、その教会というのがサンタ・マリア・ノヴェッラだ。ここまではご存知の方が多いだろう。
ところが、フィレンツェのガイドに、そのミサが行われた場所に、このフィリッポ・ストロッツィ礼拝堂とあった。(本当かなと思うけれど、一応ネタとして。)
この礼拝堂の天井画は
アダム、ノア、アブラハム、ヤコブが描かれている。画像をクリックすると天井画の様子がわかります。

聖フィリポ(ピリポ)と洗礼者ヨハネは、「マルスの神殿の聖ピリポ」のリュネットは 「聖ピリポの磔刑」で、「
ドゥルシアナを蘇生させる聖ヨハネ」のリュネットは「
四福音書ヨハネの拷問」になる。
右の壁面にあるのがこの画像の聖ピリポのヒエラポリスのマルスの神殿の物語と磔刑の作品。
そしてフィリッポ・ストロッツィの墓石はベネデット・ダ・マイアーノの彫刻で装飾されている。
フィリッピーノ・リッピーがデザインし、べネディット・ダ・マイアーノが制作した洗礼者ヨハネと聖ローレンス。
木彫りで、1480-90年とされている。
Cappella Strozzi di Mantova

トンマーゾ・ストロッツィ、フィリッポ・ストロッツィによるマントヴァのストロッツィ礼拝堂は、ナルド・ディ・チョーネらが手がけたフラスコ画。ダンテの神曲を描いている壁面。ダンテの神曲からは最後の審判、地獄と天国。祭壇の背後と上部の飾り、祭壇画「聖三位一体の聖母と聖徒」は、ナルド・ディ・チョーネの兄オルカーニャ、天井画はジョヴァンニ・デル・ビオンドが描いている。
祭壇画は手前下。ちなみにストロッツィの受胎告知とのタイトルになっていた資料もあった。

「最後の審判」 ナルド・ディ・チョーネ 左が上部、右が下部 画像をクリックしてください。

「最後の審判」の左側が「天国」、右が「煉獄と地獄」 ナルド・ディ・チョーネ

「三位一体の聖母と聖徒」 オルカーニャ
キリストは、洗礼ヨハネを介添えに、聖ペテロに教会統治の標す鍵を渡し、聖母マリアを介添えに、左の聖トマスに知恵を標す書物を渡す。
Spanish Chapel

アンドレーア・ディ・ブオナイウートの「教会のアレゴリー 闘う教会の勝利」でいいだろうか?とにかくスパニョーリ大礼拝堂のフレスコ画は壮大。
初代トスカーナ大公のコジモ1世は名門メディチ家。宮殿として建設した現在のウフィツィ美術館はこの人の事業のひとつ。この大礼拝堂は、コジモ1世に嫁いだスペインの花嫁、エレオノーラ・ディ・トレドに贈与したもの。
スパニョーリ大礼拝堂は、画家アンドレーア・ディ・ブオナイウートのフレスコ画が有名。「キリスト教徒の救済と異教とたたかうドメニコ会」がむかって右。1367年から69年にかけて製作されたもの。
「聖トマス・アクィナスの勝利」ともいわれているこの作品で、教皇の前の番犬は修道会の教義と名称のことば遊びらしい。ドメニコ(ドミニコ)は「神の番犬」という意味だという。

photo by Carlo Brogi (C)wiki
「14の美徳」
↑リンクから作品を鑑賞してください。
左側の「14の美徳」では、一番下に描かれている14人が美徳を象徴する人物として描いている。市民法の象徴にユスティニアヌス1世、教会法にクレメンス5世 (ローマ教皇)、哲学はアリストテレス、聖書のヒエロニムス、神学はダマスコのイオアン、祈祷・瞑想(観想)の偽ディオニシウス・アレオパギタ、算術のピュタゴラス(ピタゴラス)、幾何学のエウクレイデス、天文学(占星術)のクラウディオス・プトレマイオス、音楽のモディフィカ・ディ・トバルカイン、弁証法のヨハネス21世(ローマ教皇)、科学のキケロ、文法のプリスキアヌス、論理学の象徴の例える人物は不明。一番うえの中央に聖トマス・アクナイ(トマス・アクィナスの著作では神学大全が一番知られている)が描かれている。

モノクロの画像は写真家のカルロ(Carlo Brogi)の作品で、引用はwiki 、カルロが撮影した当時のアーチ下部分とは違う写真だが、このように装飾がいずれかの理由で変わることがある。
このキリストの受難が描かれたフレスコ画は左下に「十字架を担うキリスト」で、上部が「キリストの磔刑」、右下が「キリストの地獄訪問」となっている。
教会の後部にあるトルナブオーニ礼拝堂には、 ドメニコ・ギルランダイオによるフレスコ画がある。
Green Cloister by Paolo UCCELLO
Chiostro Verde
キオストロ・ヴェルデ(Chiostro Verde)には初期ルネッサンスの画家パオロ・ウッチェロ(Paolo Uccello)のフレスコ画。1440年代に作成された。この「大洪水と終息」が有名。

パオロ・ウッチェロ サンタ・マリア・ノヴェッラ教会 キオストロ・ヴェルデ
「大洪水と終息」

パオロ・ウッチェロ サンタ・マリア・ノヴェッラ教会 キオストロ・ヴェルデ
「アダムの創造 イヴの創造」
ごらんのとおり色褪せているが、この作品はまだ良いほうで、ほかの連作が紹介するのにしのびないほどだ。つまり「大洪水と終息」が、実際にこの教会を飲み込んだ。アルノの洪水である。
Chiostro Grane
キオストロ・グランデ(Chiostro Grande)はミリタリースクールだったか警察学校だったかになっていて出入りはできないが、法王の間の前までは見学はできる。最初の薬局のエルボリステリーアがここに突き当たるような造りになっている。
キオストロ・グランデのフレスコ
ラート オーヴェスト(西側壁面)
ここはベルナルディーノ・ポッチェッティが多くのフレスコ画、天井画を残している。次いでサンティ・ディティート。ほかにシモーネ・ダ・ポッジボンシ、グレゴリオ・パガーニ、ジョヴァンニ・マリア・ブッテリ、べネディット・ヴェリ、アレッサンドロ・フェイ、ルドヴィコ・ブーティ、ロレンツォ・デッロ シオリーナ、ジョバンニ・・バルドゥッチ。
西側壁面のメンバーが入れ替わりながら他の3壁面も手がけている。
ラート ノルド(北側壁面)
ラート エスト(東側壁面)
ラート シュドゥ(西側壁面)
Chiostro Grande (Santa Maria Novella)
↑のリンク先 wiki から、4壁面のフレスコ画を作家別に鑑賞できる。
撮影は絶対禁止ですが、入れないこともない。
ここに「行ってきて」といったのは楓。なんで薬局に行けと。きっと「買ってきて」と言っていたのだ。